都会

円盤ジャンボリー楽しかった。都会って思った。
町や駅やを見てもだけど、人と会って痛感。ショックなくらいだ。
ぽろりと、相談とも近況ともなく話をすると
ぽぽぽぽぽん!っとおもしろいアイデアが返ってくる。
この感じ。都会!
円ジャンに集まっている人がとりわけ面白い人らっていうことでもあるのだろうけど
今回デュオでやらせてもらった植野さんにいたっては、もうお兄ちゃんみたい。
お兄ちゃん以上にお兄ちゃん。比べるお兄ちゃんはいないけど・・・なんて頼もしいのだ。
共演させていただいた、かえる目 の細馬宏通さんとお話をするのもとても面白い。
私の希望で、「とんかつ岬」を歌わせてもらった。一聴したときからいい曲だなあと感動した。
調子に乗って書き下ろしを頼んでみたら「燃焼のブルース」という濃いのが来た。
絶対自分では書けない。これが歌手の醍醐味。
かえる目さんとちゃんと向き合えたのはライターの近藤チマメさんのおかげ。
そんで田口さんは、やっぱりすごい。
たくさんの旧友に会い、とても和んだ。
いい東京だった。
おかげで、おもしろそうなことが来月出来そうです@山口県秋吉台国際芸術村。
絵を描きながら歌うんです。2/11です。詳細は近日中に発表します。

ところで、その円盤ジャンボリーにも出演していた、NEWDAYが来週広島に来ます。
それで前座をさせてもらいます。詳しくはNEWSをご参照ください。

東京へ、携帯の充電器を忘れてきたので、リハが終わってドンキホーテへ買いに行き、
いったんレジを済ませた後、「燃焼のブルース」のためにシルクハットをうろうろ探し、さあ買おうとレジに持って行ったら、財布がなかった。手に持っていたはずの財布が。充電器を買って、わずか20分くらいの出来事。充電の切れた携帯電話も楽屋に置いてきていた。
ふと客観的にその環境を見渡して、うわあ・・・渋谷のドンキって、条件最悪。
と思って頭がテレビドラマっぽくなった。
本番は始まっている。誰かに連絡をとらねばと思いながら電話はないし、一刻も早く店内の通ったルートを逆送したいし、店員さんに尋ねもしたいし。しばらく這いずり回って探したが、見つけたのは100円玉ひとつ。
のんきに帽子を試着している横で持って行かれたとしたらなんて間抜けなんでしょう。
都会。

その間抜けな話を聞いて、以前、ご自身の美術作品のBGMに私の音源を使ってくださっていた八谷和彦さんが、使用料を発生させて手渡してくださった。わたしもこういう人になりたい。
翌日、恵比寿のタイ屋台料理屋で、封筒からお金を出して払っていたら、タイ人のおばちゃんが状況を察知し、象のキーホルダーをくれた。
他の場所でも封筒からお金を出して払ったが、「それ、どしたん?」と声をかけてくれた人はあのおばちゃんだけだった。

新しい財布、新しい健康保険証、新しい運転免許証。カードはまだない。

あの切符でだれか旅行に行っただろうか。

posted by Nika | 2010.01.16 01:35

2010年明けて

20091231.jpg
大晦日から元旦にかけて、広島あたりはうっすらとした雪景色に月の輝く夜空でした。
あけましておめでとうございます。皆さんの年の瀬、年明けはいかがだったでしょうか。
わたしは12月、かなり凝縮された日々を送りました。報恩講、NO NUKES、堂脈、レコーディング・・・
なかでもEGO-WRAPPIN'のライブへゲスト参加させていただいたのは、楽しくもあり、いろいろ思うところもあり、とてもいい経験をさせてもらった。ボーカルのよっちゃんとは、きちんと話したのは2008年のダブルフェイマスの25thライブの時で、決して古いつきあいではないのに、どこか親近感を感じるところがあり、歌い手としてお互いリスペクトをしつつ、って私が言うとおこがましく聞こえるかもしれないけれど、でもおかげで私は自分の立ち位置というかやるべきことというか、そういうのも確認できたような気がした。彼女はほんとうにかっこいい歌い手だ。同い年で誕生日も10日余りしか離れていないというようなことも、こじつけとしては興味深い。一緒に歌えてほんとに嬉しかった。リハーサルから本番終了まで、いろいろ挟まっていたのでかなりハードではあったが、それゆえ夢のような日々だった。
リハーサルの日にも千秋楽の翌日も、ご門徒さんが亡くなられ、お通夜や葬儀が合い重なった。人は死ぬ日を選べない。生まれる日も選べない。ただ、お通夜や葬儀に関しては、本来もっと融通の利くものであったのではないかと思う。今のように形式的になったことに対しては多くの疑問を抱くと共に、僧侶の歴史に反省も多いが、それはつまり自分の生き方への疑問でもあり、これからの一歩一歩がすべてそれにつながる。というかそれそのものが私の人生となっていくのは当たり前のことでもあるんだよね。
大晦日に、バンバンバザールさんのカウントダウンイベントに出演させてもらった。初めて、大晦日にライブをした。早めの7時台に演奏させてもらったのち、あわただしく移動しながら、昔のレコード大賞と紅白のはしごをする歌手のような気分を勝手に味わわせてもらいつつ、しかし、はしごして帰ったお寺では、鐘をつきに集まる方の人数もテンションも、ライブのそれとは全く違っていて、しかしそのギャップにも随分慣れて、慣れることの強さと怖さとをぼんやりと思い、しかしこの雰囲気が嫌いではない。がなんとなく走り続けている心地から戻って来れていない感じがして、フィックスするために写真を撮ってもらう。身体が冷えた。熱燗をコップでくらって寝る大晦日の夜。
元旦は親戚が集まっている中、パソコンに向かう仕事をするのも気がひけ、接待を装って従兄弟たちと「THIS IS IT」を見にいった。
ちなみにレコーディングというのは、自作曲を弾き語りで歌ってみました。これに関してはまた後日。

posted by Nika | 2010.01.02 23:47

秘蔵映像

うける!こないだの祝島でのライブの様子が編集済みでYOUTUBEにアップされてる。
見ながら、あの日の笑いがいくらでも復活してきて笑える なんじゃこりゃ あーおかしい

WEBをつくってくれてるいのっちが教えてくれました。libraryにも貼ってもらいますが
とりあえず、こちらからどうぞ! 楽しい餅巻きの様子も見れます
祝島島民の会blog
もう、こうして写真に写っているおばちゃんをみて、ああ、ゆみちゃんや、とかわかるようになってしまった。既に情がうつっている。「平和」ってこうやって情を移して戦争する気がなくなる状態をキープすることじゃろうとかこどもみたいな発想しかできませんが
今朝の新聞を見れば、オバマ氏の平和賞の演説に関連して、核廃絶の言葉の裏には自国を守る意味合いしかない、核の恐ろしさとかを思ってのことではないところに注意がいる、とかなんとかの社説やら見解が載ってまして、ああそういう見方ができるのかと
わたしなんかはあほなので、ものごとの裏まで読めませんが 深読みしないで信じる力っていうのが一番強いんじゃあないかしら それが時々悪い方に働くこともあるだろうけれど、いいように働いたらいいんじゃあないかしら いいように働くためには私は情がうつるってことが重要な気もする 情を移すとかは、仏教では執着であり煩悩であり、悪いこととされていますが、浄土真宗ではそんな煩悩ひっくるめて全部受け入れてくれるのが阿弥陀仏と説いてあって、別に阿弥陀仏が実在するかとか信じるかとかいう話ではなくて、おーなるほど、と私が思えたら、それを考え出してくれた道順が既に情にあふれていると思うわけで、そしたらそんなんよくもまあ一生懸命考えてくれたもんだわ、と思ってありがたく思える、と私の受け止め方はいまんとこはまあそんな感じなんだ~(サニーデイサービス)です。こうやってそのフレーズをいおうとしたときにふっと重なって出てくる歌ってすばらしいですね

さてあしたは、その祝島のみなさんががんばって反対活動し続けているのに触発された広島のカフェや映画館やレコード店やいろんなお店の人たちが、少しでも盛り上げようと企画されたNO NUKES RELAYのイベントです。広島の人にとっては、おっちゃんおばちゃんに"情を移して"だけではない理由があって、山口県のその島に建てられようとしている原子力発電所は、主に広島県の電気をまかなうためというではないか。そんなん申しわけなさすぎます。だけじゃない、もし事故起きたら、私は被害を受ける圏内に住んでいる。核は、爆弾は言わずもがな、平和利用だってしない方がいいはず。とにかくなくなったほうがいい。電気が足りないなら別の方法を考えた方がいい。27年前に計画されたときには思いつかなかったような方法が現代には必ずある。ここ上関に限らず、全国、世界中の原発建設が中止されることを願って、実現させたいと私は思います。是非全国の皆さんもご協力お願いしたいです。今日はちょっと強く出てみました。
署名用紙はプリントアウトできます。PDF
全国署名の詳細
もし集めてくださった用紙をライブの時にでも私のスタッフに渡してくれたら、
私が責任持って渡します。2010年3月31日に提出だからその前までに。

posted by Nika | 2009.12.12 02:14

イエイ!イエイ!オー!

前の日記の追記です。

気づいたことがありました。
原発反対デモの様子はまさにイズミちゃんのレポの通りですが、もうひとつ。
そのかけ声、「エイ、エイ、オー」の、最初の「エイ、」を聞いたとき「イエイ!」だと思って耳を疑った。「美しい海を守ろ~う!イエイ!」とな?!なんてしゃれたコール・アンド・レスポンス!と思ったら、「エイエイオー」だったわけですが、なるほど、ついライブのかけ声で「イエイ!」って言ってしまう血は、ここに素養があったのだ!と深く納得したのでした。


ところで、このところ一時的にボリュームのある読み物が続く感がありますが・・・
Daily Vitaminsのインタビューも、どうぞおヒマの時に読んでみてくださると嬉しいです。


でも、こないだ、金沢の古本屋あうん堂の店主、本多さんが書いていた、

「アーティストを知るにはその作品(ミュージシャンならば「ライブ」)を見てからだとしみじみ思って映画館を出る。」

と。THIS IS ITを見に行かれた感想として。
だから、
私の稚文など無理に読まなくてもいいのです。
という話。

posted by Nika | 2009.12.04 03:15

鉄は熱いうちに打て

iwaishima_live_091130.jpg夏に、近所のおっちゃんたちが家におしかけてきて納涼祭の出演依頼のあった話を書いたが、あれは結果大盛りあがりで、最後のおっちゃん挨拶では「後援会を発足させようじゃありませんか!」となったり、翌週自治会長さんから、私の紹介文を回覧板でまわしたいから、これでいいか?と原稿を見せに来られたり、それはそれは結構な評判で、戸惑うところももちろんあるにはあったけれども、しかし私はこのことで、なにかつっかえていた板のようなものが、ひとつ突破されたような、すがすがしさを身に感じていた。

人に喜んでもらうことを自らの喜びとすることに、一度挫折を感じていた私は、そこから逃げすぎていたのかもしれない。やっぱり喜んでもらえるっていうのは、こちらの力になる。力をもらったら、それをまたお返ししたくなる。

その時の手応えが、今回の島慰問へと繋がった。

島行ってよかった。とっても楽しかった。大盛り上がりだった。そういう人らのはずだ、と思ったから「行こう」と決意したのではあったが、だいたい何でも、ショックを受けないように悪い方の予想も常にたてておく癖があるので、もし、島の人たちが、思っている以上にふさぎ込んでしまっていたら、私の歌などではなんの役にも立たぬ覚悟もしていた。だがそんな心配をよそに、今回は完全にいい方の予想に振り切った。ともかく風船の栓を放したような笑いの爆発力。突破されすぎてどう収集つけたらいいかわからなくて、さじを投げて、一緒にバカ笑いの渦に乗っかって、まるでクジラの噴水の上に押し上げられたような感覚だった。
思い出すだけで、ケケケ、イヒヒと笑みがこぼれるほどおもろかった。

ありがたいことに、私がレポするまでもなく、3名の方が書いてくれている。

同行してくれた、ヲルガン座のゴトウイズミさん
島出身の女の子、あっこちゃん

横川シネマ支配人の溝口さん

そもそもこの原発問題をここ最近、急に意識し始めた大きなきっかけとして、来週12日に尾道で行われるライブの出演依頼があった。このイベントは、今回一緒に行ってくれたイズミちゃんが発起人となって動き始めた「NO NUKES RELAY」の一環。そのイズミちゃんとこの経験を共有できたことが因縁深い。
あっこちゃんは、島の出身で、お父さんやお兄さんが島で先頭に立って原発をたてさせない活動をしている。島のおばちゃん、おじちゃんたちのバカ盛り上がりの様子を「恥ずかしい~!」としきりに言っていたのは、あっこちゃんにとって、そのおばちゃんたちがみんな家族同様だからなんだと思った。
先月14日、ドキュメンタリー番組を見た翌日、横川シネマへ「堂脈」の宣伝がてらに寄った際、「慰問したいと思ったわ」と口走ったのを溝口さんに拾われ、1週間を切ってからの電話で「月曜ならこんどの月曜しか空いてない」と冗談半分に言ったのを、これもそのまま拾われ、トントンと決定。
今回のガス抜き(?)ライブがこんなにもスピード決定したのは、溝さんとあっこちゃんの行動力のおかげ。あと、電話。急ぐ用事は電話。思ってもいないスピードで転がるのはたいてい電話。電話はだから怖いのだが、このスピード感が、この一件を私に、よけいに面白く感じさせているのだとも思う。ころころころと転がるおもしろさ。気持ちよさ。頼もしさ。
鉄は熱いうちに打て。

ライブは、あまりの盛り上がりに、私の声は消されたい放題。「買物ブギー」がこれほど歌い甲斐がなかったこともない。がそれは逆に新鮮だった。この異様な盛り上がりの渦の中にいて、私の声は聞こえてはいないけれど、この渦のきっかけを作っているのが自分であることは間違いないという自負。みんなが笑っている対象は、わたしの横で仮装して踊っているおばちゃんなのだが、おばちゃんは私という存在があって、あれをやれている。この責任感は、家族の中での責任感にも似ていて、表で主役を張るよりもむしろ強く感じる種のもので、もしかして私は普段歌手で前に立っているから感じる機会が少ないが、歌を支えて演奏している人、ドラムの人、ベースの人達が感じている満足感とも似ているのかもしれないと思った。

さすがに「愛燦々」の1番の歌い終わりで仮装婆が乱入してきた時は、おい~今だけはちがうやろ!て、これ古い表現で言えば「ずっこけ」たけれど、「悲しい酒」のセリフのあとに「よっ!お嬢!(美空ひばりさんがファンの間で呼ばれていた愛称)」とかけ声が飛んできたり、本物の紙テープがばんばん投げ込まれたりといったことは初めての体験であり、パロディと紙一重であっても、子どものころからものまねばかりしていた私にとって、それはそれで初めて味わう感動があった。
とにかく、今回は島のおばちゃんたちに、おそらく本来の性分であろう、ガハガハっとした明るさ全開になってもらいたかったのが目的で、それが私の思惑を遙かに超えて開いてくれたようだったので、それはもう、ほんとに本望以上のことだった。
中には、もっとじっくり聴きたかった、なんて言ってくださる方もいたり、笑いをかっさらっていったおばちゃん(たみちゃん)も、他の人に注意されたのか、終演後も翌朝も、私たちのそばに駆け寄ってきてくれ「じゃまぁして悪かったね、あがぁなぁして、いけんかった?気ぃ悪ぅした?ごめんよ!許してよ!また来てよ!」と何度も何度も気使ってくれた。いやいや、あれがよかったのです!

面白かった。心に風穴が通った。楽しんでもらおうと思って行ったのに、元気をもらったのはこちらのほうだった。
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このアホなほどのユーモアと人情パワーが、電力会社を手こずらせているのだと思った。そのパワーは、地球と直に繋がっている生活から得られるものだと思った。

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朝一番の船で本土に戻る私たちを、朝一番の船で新聞が届くのを待つおばちゃんたちに見送られ、日の出前の半球の空の内側で、水平な水面に滑り出した。船内では5人でトランプ遊び、朝から「神経衰弱」。そして私は帰宅後、葬儀へお勤めに行った。

posted by Nika | 2009.12.03 23:30
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