二階堂和美 nikaido kazumi

diary

2012.05.08

そして旅はつづく

明日、明後日はCINEMA dub MONKSのライブを見に出かけようと思っている。
にじみの旅で3ヶ月、彼らを拘束してしまったが
その後も国内外でたくさんライブを重ねている。
今は欧州から友人たちを招いて総勢6人でライブをやっていて
それがまたとてもいいらしい。サーカスみたいらしい。
いいなあ、行きたいなあ
と思っていたら、あ、見に行けばいいんだ、と思った。
欧州から来た彼らと、今繰り出す音は、物語は、どんなであるか。
欧州にはちょっと思い立ったくらいでは見に行けないが、
ちょうどついでのある東京、すこし前乗りして明日明後日
明日はキセルの辻村豪文くん、あさってはいしいしんじさんが、さらに加わるそう。
単純にお客さんとしてライブに行くのはとても気が楽で、まさに楽しくて楽しみ。

にじみの旅の時、大穂がよく、なにかの話をしてくれた。
物語を音楽で語るだけあって、普段の会話の中身もなにかの話、なことが多い。
ガンジーさんもいつも本を読んでいる。そんなちょっとした待ち時間でよく本を開く気になるねと思うほどすぐ開く。しかも物語じゃなさそうな本。

本を読むのは苦手でも、誰かの作った物語、どこか外国での出来事、だれかの伝記、誰かの考えなどを口伝で聞くのは、幼少時に枕元でおばあちゃんにお話を聞かせてもらったときの感じに少し似ていて、楽しい。
彼らの音楽を聴くのが好きなのも、それに似ているのかもしれない。

書こうと思っていたことを一つ思い出した。
4月に大友良英さんに誘ってもらった新潟でのライブ。
水と土の芸術祭のプレイベント。
ついこの間まで魚の水揚げ場だったという柱と屋根だけある吹きざらしの建物で
海(港)を背景にしたステージで、お客さんからは逆光の演者。
ステージからは、お客さんの顔がとってもよく見えた。
初めてライブに行かせてもらった新潟。
最初がこの水と土の芸術祭でよかったな、と思った。
新潟は信濃川と阿賀野川に翻弄されながら、水と土と、共生することを編み出した町なのだと知れたことは感慨深い。
ライブ自体は短いものであったし、大友さんのゲストなだけであったのに、前の日から行って2泊して、スタッフの方々とご飯を食べに行ったりもして、あれやこれやですっかり愛着がわいた。
写真とレポートを芸術祭のホームページで掲載してくださっている。
肉眼は逆光に負けても、カメラはふんばってくれたみたいだ。
芸術祭は7月14日から12月24日まで。
東京からなら2時間かからない近さ。是非行ってみてください。
うちからは7時間の新幹線一人旅だったが、寝ていたら着いた。
何冊か持って行った本も1ページも読まぬまま。

愛着がわいたことの大きなもう一つ、新潟ライブの日の夕方、
「しゃべったり書いたり」を扱ってくれていて会場でも出店してくれていた
北書店さんという本屋さんに寄らせてもらった。
休日だのに、開けてもらったその本屋さんが、
なんというか、とてもよくて
自分はずっと本が苦手だと思ってきたが
今もほとんど読まないが
陳列棚を見ながら、あれこれ次々放り投げられる店主の質問に応えているうち、
あれ?もしかしたら本が好きだったんだっけ?というような気になってきた。
ずっと長いこと忘れていた情景を思い出した。学校の図書館の夕暮れやいろいろ。
なんか、どれもこれも、手に取りたくなるような本が並んでいた。
まだ児童書コーナーしか見てないうちに、時計を見たら打ち上げの待ち合わせに遅刻の時刻。
こんな本屋が近くにあったら、本が好きになりそうだと思った。
あの本屋を訪れるためにもまた新潟に行きたいくらいだ。

うちの近くにそんな本屋はないなあ
ほんとにないかなあ?
うーん、あそこはどうだろうかなあ、まともに入ったことがないが帰ったら行ってみよう
などと帰りの新幹線で考えていた。
その翌日、「しゃべったり書いたり」の編集者さんから連絡があった。
彼女はその、“あそこはどうかなあ”と浮かんだ本屋の名前を出し、
「しゃべったり書いたり」を扱ってもらうことになったと。
なんと!まるで聞こえたみたいでびっくりした。

そういうことは案外よくある。
手紙を書こうと思って、便せんを出して、結局書かずに寝て、
起きたらその人からメールがきていた、というようなこと。

その地元の本屋さんに改めて挨拶に行かなきゃと思っていると、
自転車を押して歩く店主と交差点ですれ違う。
母の従姉妹の友達ってことでライブにも来てくれたことのある顔見知りのその店主に、わたしは車の窓から短くお礼を伝え、
「また行きます」と言うと「あ?はいはい」と流された。
その後まだ行ってない。そもそもほとんど行ったことがないのに、また行きます、の「また」自体がおかしい。
社交辞令と流されて当然。

北書店で買った本がどれもよくて、あれもこれも人にあげてしまったので
自分用に買い直したく、
それらがその書店にあったらすごいが、なかったら注文することにして、
でもまずはその書店の品揃えの中から選ぶのが筋ってもんだ
それを見に行ってみようというのが発端だった、そうだった

このブログも、CINEMA dub MONKSのライブがいいらしいよ、というところが発端だった

にじみの旅が始まる数日前にも、大阪で彼らのライブを見た。
それまでにも何度か行ったライブでそのたびに感動をもらっていたが
自分のバンドでこれから30公演いっしょに回ってもらう人たちの、
本領を今一度見ておきたいと思った。
行ってこようと思う、というと、
にじみのライブPAさんも、にじみの録音エンジニアさんも行くと言い、
誠一さんも元から行くことにしていたと言い、集まったことを思い出す。
PAのトキちゃんが、1部が終わった休憩で
「うはー、おもろー。めっちゃ見えた」と言ってた。
何が見えたんじゃろ。おもろー。と私は思った。
みんなそれぞれ見た物語は違う。
それが、インストゥルメンタルのおもしろいところ。

先日の新聞エッセーで、8回分のところ9本書いて、ひとつボツにしたのがある。
「歌はいらない」にまつわるエピソード。
今回は新聞だしな、と事前に父に読んでもらったら、
「何が言いたいんか、さっぱりわからん」と言われ、
確かに、わかりづらすぎる、と思ってこのテーマは保留にした。
まだ、うまく言えないが
この歌は、『にじみ』の着手記念ライブの準備をしている頃、
つまり『にじみ』の曲をせっせと書いている頃
尾道へCINEMA dub MONKSがライブにくるというので(そのときのDialy)、
私のぶんの練習のために、すこし尾道で時間をもらうことにして
明日がその日という前の晩、新しい曲を持って行かなきゃ、と書いた曲が
「歌はいらない」だった。
インストゥルメンタルの自由さに対して歌が抱いてきた、
嫉妬のような、自負のような、諦めのような
それだけでもないのだが
うまくいえないが
そもそも考えて作ったわけじゃなく
ただ前の晩、書き綴ったぼやきに
CINEMA dub MONKSとやるんだ、と思いながら節をつけただけだった。

彼らとリハーサルをしたその尾道で、また別の詞を書いて
それを帰りの電車で直していたら、誠一さんのスチールパンと、まるむしのバイオリンのフレーズが聞こえてきて、サンバの曲ができたのだった。

もうこれが最後、と思って臨んだ、にじみの旅。
あの感傷的な秋冬から半年が経ち、
新緑の5月。

その旅の続きが、さらっと始まります。
まずは京都と大阪と石垣島。

行く先々でのお客さんからもらう熱気に、
紅白なんかもういいや、かっこいい引き際とかも、どうでもいいや
そう思わせてくれたにじみの旅。

もうすこしだけ、旅をつづけさせてもらいたいと思います。
できれば、もっと各地にゆっくりしながら。
多忙なメンバーや赤ちゃん連れては、難しいけれど・・・

・・・・にじみを語り始めるとまた長くなるので、本日はこの辺で。

明日、明後日のCINEMA dub MONKSのライブ、
客席で会いましょう。ともに一杯飲みながら。

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2012.05.04

時折のメディア

ここの存在をほぼ忘れて生活をしていた
何度か、今日は書こう、と思ったことがあったはずだが、それも忘れた
日記もつけず、いろいろ忘れていく。

今日は、新聞に連載してもらった、あれはコラムというのかエッセーというのか随筆というのか
なんていうかわからないけれど、それの8回目の最終回だった。
写真も絵もなく地味なコーナーで、見過ごす方も多かったと思うが、今日の「天風録」(諸紙で言い方が違うのだろうけれど、新聞の一面の、横長の、あれこそがコラムだろう)で触れてくださってあって、今日気づいてさかのぼって切り抜いた、という小学校の恩師からお電話があったりした。

あまり、ここを書く気がしないことのひとつに、
ここを書くことによって、人に負担をかける気がするというのがある
いや、これは自分が反対の立場に立ったときの話だが
たとえば、友人に手紙を書こうとするのだが
「最近はどうしてますか?」「あれはどうなりましたか?」などと書こうとしたとき
いや、きっとブログか何かに書いてあるだろうから、ちょっと見てからにしよう、
その方が話題が広がるだろう、
第一、公開されているものを見ないでおいて、直接たずねるのは
まるでその相手に興味がないみたいだし
私は見ない主義です、という態度も怠慢な感じがするし
などと思って、調べてみたら、やぱり事細かに近況が知れて
へー、なんて読みふけって時間がなくなって
思考もずいぶん先の方に進んでしまって
手紙のとっかかりも見失って
書くのをやめてしまう。
相手には伝わらない。
まるでずっと無視しているみたいだ
のぞき見しただけであるのに
会って話でもしてきたかのように詳しく近況を知ってしまって
自分だけ満腹になって
相手には伝わらない。
「みたよ」
とでも書けばいいんだろうが
いちいちの相手にそれをしていたら、時間がかかって仕方がない
「みたよ」とか、「ありがとう」と言えばいいだけの通信を
半年おいてしまうなんてことは常で、1年、2年という月日はあっという間に経つ。
「ごめん」をいう機会ばかり増える。

ここに何かを書くということは
見る人が見たら、あなたを後回しにしています、と公言しているようでもあるし
いちいち手紙をかきませんが勘弁ね、という言い訳のような気もするし
いや、それはずいぶん意固地な発想だが

なんとなしに
ここを見てくれてない人も
見てくれた人も
どちらも置いていってしまっているような感じがして
あまり、気が乗らない

悪いことではないはずのことが
なんだか悪いことになってしまうような

流れが、自分にとっては、早すぎてついて行けないだけなのだけど

だが、新聞などに文章を載せてもらって
それを「みたよ」と一報くれること
これだけで、どれだけその人のことを近く感じることか
ああ、こういうことなのだ、と
今日もまた思ったので
せめて、意固地にならずにここに書こう、と思った。

私は元気です!

あ、でも、これに対して「みたよ」って言ってくれなくてもいいんです
まぎらわしいことで、すみません

書けば、返事がほしくなる
これ、人間の性分

だから書かない

これ、弱虫

また何にでも応用できそうな話だ

こちら相変わらずNHKを見ながら批判しています。

ナレーション。
先日、杉良太郎さんと伍代夏子さんが東北を訪ねる番組で
女性ナレーションの明るい声で「この地方では何人の方が亡くなりました♪」
え?なに今の?だれ?と思って画面を見ながら待ってたら「富永みーな」と出た。
え?ベテランの人じゃないっけ・・・

その翌々日の同じ時間帯、
北海道の高校生が部員一人だけどがんばってるという青春ドキュメンタリーで、酒井若菜さんがその学校を訪れ、今日はここの部員を紹介する、とナビゲート。
始終、今にも泣き出しそうな暗い、暗い、沈みきったナレーション。
え?なになに?どんな悲しい展開が待っているというの?とつい最後までみたが、悲しいことなんて何もなかった。
まじめに読んだつもりだとは思うが
どうしちゃったんだろうかと、どちらも心配になった。

声の主ももちろんだが
これらをそのままOKにしている番組スタッフの感性のほうが心配。
画面に出ている主役を台無しにする、暴力的な声の組み合わせだった。

ナレーションはすべてを支配するのだ、と
合っていない時に、こういうことは初めて気がつく。
うまくいっている時というのは、特に違和感を感じない。

違和感を感じないということは、とてもうまくいっているということなのだな。

いい番組もあった。
昭和の日振替休日の朝にやっていた、時任三郎さんのナビゲートで原発と自然エネルギーをリポートした番組。ドイツ、デンマーク、フィンランド、それぞれのエネルギーとの向き合い方。
フィンランドで建設中の使用済み核燃料の保管庫へ、日本人で入ったのは時任さんが初めてらしいようなことを言っていた。
前に映画でもみた施設だが、海外のドキュメンタリーは字幕について行けずどうも頭に入らなかったが、今回は日本語でよくわかった。
自然エネルギーの可能性も、わかりやすかった。
子供向けとも大人向けともとれるアプローチ。
こういう番組がテレビで流れるようになったのは、いい。
毎日毎日、繰り返し放送したらいいのに、この番組。と思った。
祝日の朝だけじゃだめだ

もういっこ、ナレーションがすばらしかったのが
人物とその人のお昼ご飯を紹介する番組。
ナレーションをなぜか中井貴一さんがやっていて、それがとてもうまくて、最初中井貴一さんとはわからなくて、中井さんの中井さんぽくなさというか、けれどもばっちりはまっている様が、非常に見事だった。やっぱりうまいんだなー。

男性ひいきをしているみたいで、どうもバツが悪いが
今日は勢いでこの辺で。

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2012.02.23

失われる過去

2日くらい前、朝起きたら、マックブックの上に重い機械が乗っかってた。
あたー、痛そうなもんがあたったねえ かわいそうに
そう思って、あ、もしかしてやばいかも,とは思ったが
そのこと事態忘れて忙しくしており
今日開いてみたら、ディスプレイがしましま模様や流れ星模様になっていた。
あ~。そういえばそうだっ・・・た
と、ツボ押しするかんじで、「おーい、おーい」と呼んで押したりひねったりしてたら
どんどんしましまが増えて画面が塗りつぶされていって
とうとう何も見えなくなってしまった
ねんざしてた骨を折ってしまったようだ
かわいそうに。悪いことをした。
多くの未バックアップのデータがあったろうに。
かわいそうなことをした。
最近あれで仕事をしていなかったので、なにが失われたのかよくわからない。
あとになって、あれがない、これがない、となるのだろうが
あったことさえ忘れられてしまうデータがほとんどだろう
よく、パソコンが壊れる
USBメモリーも、あてにして投げ込んでたら、壊れる
携帯もよく壊れる
なくすことに、ちょっと慣れてきている

このMacBookは、去年の8月にも一度あきらめていて
それは、カナダに行ったとき。
乗り換えの空港のセキュリティでバックからパソコンを取り出してバットの上に置いて
そのまま置いてきてしまった。
バットが白くて、パソコンも白くて、気がつかなかったんだよ。
到着地のバンクーバーで気がついて
現地のイベントのオーガナイザーさんに通訳でお世話になりながら
その後、アメリカに渡ってひきつづきタラジェーンに通訳でお世話になりながら
2週間後、手元に戻ってきた。
アメリカでパソコンが戻ってくるなんて、奇跡だ、とタラの友達が言ってた。
ポートランドのタラの友達のパン屋さんにて再会したときの、MacBookとの友情感。
そのときの遺失物コードみたいなシールはまだ記念に貼ってあるが
あの再会の喜びもつかの間、懲りずにそのまま、バックアップをとらずに
取り急ぎ取り急ぎで働いてもらっていたから
きっと機嫌を損ねたんでしょう
メンテナンス、というのがいるんだね
人も機械も
目をかけてやらにゃあ、いけんのよね
わるいことした。
データだけでも救出できるんならいいけど
広島にアップルストアはないし
買った電気屋さん、遠いし
しばらくそんなとこまで行く暇ないし
(骨を折ってしばらく病院に行かなかった円盤の田口さんのことを思い出した)
にじみの旅の道中は、ずっと持ち歩いていたのに、ほとんどひらくことはなかった
そんな暇はなかった
けどずっと一緒にまわったな
にじみもずっと一緒に作ったな
おまえー

♪ つ~ぅいて こいとぉぉは~ 言~わぬぅのぉにーぃぃい
 だ~まあっってあとかぁぁら~ ついぃてぇきぃたー
 おぉぉ~れえがぁ 二十歳で おまえが十九
 さげた手鍋のその中にゃ
 明日の飯さえ なかったなぁぁぁあ~ おま~え

村田英雄「夫婦春秋」

死んだおじいちゃんの十八番だったからおぼえた歌
なぜか、わりと頻繁に口ずさむ

今日は門徒さんのお通夜を勤めさせてもらって
法話もさせてもらったけど
この世での命はなくなってしまっても
私たちのなかで、その命は生き続ける
それが「死んで仏になる」ということ

形がなくなってしまったものも
大切なものは、心に生き残って、なんらかの形でまた
にじみ出てくるじゃろう

今日おばあちゃんを認知症の病院に連れ添って行ったんだが
何をするでもない、ただ、4ヶ月に一回、先生に会いに行くだけ
たあいもない話をして
あれがメンテナンスなんだな
でも先生、転勤で、次の時にはもう会えない
さみしいけれど、恩人
先生が処方してくれた薬の調合が、ばあちゃんを助けてくれた
私たちを助けてくれた
その恩はこれからもずっと続く

Windowsでも書き込みができるようになった

未来は必ず希望に満ちていなければならない

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2012.02.08

2012年、初ライブ

みなさんがまだ私のことおぼえていてくださってるか疑うべき、なくらいご無沙汰してしまいました。
いや、もともとブログの更新はひと月やそこらは平気でブランクがあったわけですが
にじみの旅の道中から既に一回も書いてなく
もう、どこから書きはじめたらいいのかわからなくなっています。

久しぶりにライブをしに出かける日を前に、
「明日よろしくお願いします」的な挨拶をしようと思って
新年に、衝動的にウィンドウズのパソコンを買いましたんですが
そっちでブログを書き込みしようとしたら、書き込めなくて
今日はMacで試したら、書き込めるんですね、なんなんでしょう?
それはまた担当の人にお尋ねすることにして

明日、ほんと久しぶりのライブです
いや、もともとひと月以上ライブがないなんてことは平気であったわけですが
にじみの旅であまりにも毎日やりまして
自分ではほぼ引退試合のような気持ちでやらせてもらったものだったので

おわったー

というかんじでした

しかしながら、きのう久しぶりに練習をしましたら
つるっと声がでまして
あのにじみの旅の間中の声の不調がいかに不調であったかと
どうしてあの私の人生大一番のライブツアーが不調であったのかと
くうう。。。となっておりましたが
その悔しさは、わけのわからない踊りとなって皆様に披露された訳です

こんどは、弾き語りなので、そんなへんな踊りを披露しなくてもよく、したくてもできず、

以前から何度かお声かけていただいていたモノノケサミットへの出演をさせて頂きます。
京都と東京で。
ソロで出てくれ、と当初から指定をいただいておりまして、
にじみの制作中はとてもそんなモードではなかったこともあり辞退しておりましたが
ようやく、にじみの一連の思いの丈をひとしきりやりきって、
初心に返って弾き語りで出演させていただきます。

12月23日のにじみバンド&ダンサーさんたちとの千秋楽の熱冷めやらぬ翌日、
知人のイベントで弾き語りの出演を受けていたことをその晩から24日開場まで、
実は激しく後悔していましたが
気持ちを整えたいときはお客さんの様子を見るに限る。
裏からこそっと、集まってくださっているみなさんの姿を見たら目が覚めました。

それからまたひと月半が経って
明日はどんな顔してみなさんにお目にかかれるでしょうか。
ソロ弾き語りを30分程度と、
ソウルグフラワーモノノケサミットの皆さんとの共演もやらせていただく予定です。
なんと『にじみ』の中からも数曲、モノノケアレンジしてくださるとか。
平日ですが、二度とあるかわからない共演ですので、
ご都合つかれましたらどうぞお越し下さいませ。
お待ちしております。

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2011.12.27

緊急!大阪市民投票!

うう にじみの旅のいろいろの思いを書きたい。
感動、感慨に浸るもつかの間、
家に帰るとどっと日常が押し寄せる。
新聞を開けば見過ごせない記事がたくさん。
けれど、これが日常だったー!と。
こういう生活の中であのアルバムをつくったんだったなーと
なんだか2年前に戻された感じがします。

それでもちょっと時間がかかるかもしれませんが
にじみの日々を振り返ることをしたい。
それはほんとうに、私の宝だから。

ただ、とりあえずそれはまたにして、今日は、
とりいそぎこれをお知らせしたいのです。

東京都民の皆さん、大阪市民の皆さん
とりわけ大阪市民の皆さんへ、
大阪市「原発」市民投票というのをご存知ですか?
原発を稼働させるかさせないかの決定を
政府に任せるのではなく、市民投票で決めることにしましょうよ、
そういう条例を作るための署名です。

大阪「原発」市民投票、
東京都「原発」都民投票、
そして全国版の、「原発」国民投票というのが一連であって
ちがいはここを参照してもらって、
都民投票/市民投票Q&A
国民投票の賛同者のお名前なんかもここを参照してもらって
みんなで決めよう「原発」国民投票

ともかく東京のんは2月9日が、大阪のは1月9日が締め切り。
1月9日って・・・
なんと、大阪はあと数日しかないのです!

大阪のは大阪市民にのみ、東京のは都民にのみ、署名の権利があります。
私のような県外の人はもちろん、県内の他の市の人が署名しても効力はなく、
大阪市民の方のみが対象です。
いつもかつもやっている署名じゃないです。だれが集めてもいいわけでもない。
私は、署名を集める役としてがんばってるピカからこのことを教えてもらいました。
1月9日が締め切りだけど、集約の手間考えると
年内に集めて提出しないといけないみたい。

このプロジェクトの詳細、署名できる場所など、こちらをご参照ください。

いつも思うんだけど、世論ってあてにならないな、ということ。
だれもかれも、流されやすいもの。誰もが熟考して答えを出せてる訳ではないし
そんな状態で投票する選挙は、いつも危険をはらんでる。
陪審員制度だっておかしいと思っている。
だから市民投票とか都民投票とかも、怖い面も持っていると思う。
しっかり考えないといけないから、めんどくさいって思う人もいるかもしれない。
だれの何を信用して国会議員や政党や知事や市長を選んでいいか、
罪をどうさばいたらいいか
それを判断するのはほんとに難しいけれど、
原発が必要かどうかだけは、少し調べさえしたら、
答えは明白だと思う。
正常に稼働してもたかが40年しか寿命のない施設に、
気の遠くなるような巨額を投じたところで
どうにも処分のしようのない放射性廃棄物を必ず生んで、
もしもの事故が起きたときにはふるさとも希望も大地も空気もなにもかもを奪って
それがどうして容認される理由があるのか、
わたしにはやっぱり全くわからないです。

いま稼働している原発には、どうしても巨額を投じてどうにかする必要があるけれど
ちょっと目を離すと再稼働とかの話が浮上したり、
気が狂ったのかと思う収束宣言があったり、
政治家の人たちの判断はとても恐ろしい。
私たち国民の一人一人が、監視してないと、
どういうわけか、少し先の将来のことも考えられない人たちがおかしな決断を下す。
人は血迷うもの。
だから、うーん、何が必要なのかしら。
仏教。といいたいところだけど
ここでは、まずは署名です!
自覚。
私たちの明日は、私たちが担っていく。

政府をあてにしていても何も進まないから、と自分たちで動いている被災地の方々。
私たちも、そうではないか。
自分たちで動く。
何もできないわけじゃない。

明日にでも、行ってほしい。まずは署名!!
明日が無理なら明後日。
大阪市民のみなさん!!

都民のみなさんも!

いまお伝えしているこの署名は、
たちまちに原発への賛否を問う署名ではありません。
自分たちの投票でそれを決められる可能性だけ、まずは作らないと始まらない。
その可能性は、ひとりひとりの署名で得られる。
どうにもならない汚染物質や天災とは違って
署名をしたらどうにか変えられることもある。
自分たちで決められる可能性さえまず作れたら
もうすこし一人一人が考える時間はあります。
署名をしなかった、知らなかった市民、都民の方々に伝える時間も。
可能性はまずは知った人で作るしかない!
それにしてもあと数日しかない!うー!!みんなどのくらい知ってるんだろう?!
あなたの周りの人をさそって、まずは署名。

自分の考えを、すこし前に進めるきっかけになってくれたら
私自身もそうであったように
願います。

教えてくれたピカ、ありがとう。

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2011.12.23

30/30

いよいよ 明日が最後です。もう日付変わって今日ですが。

みなさん、ほんとうに、今日までありがとうございました!!!

「にじみ」

もう 終わり
このまま笑顔たたえて
涙など見せず 最後を飾る

踊り 歌い 悩み 迷う
あちらこちらにぶつかりながら

ほとばしる思い
やり場のないほどに
もえあがり わき上がる この情熱は
まだまだ とまらないのに

眠りにつくまで
残された時を
涙流しても
輝いていたい

幕が閉じても
お腹すいても
歌い続ける
声がかれても

にじむ涙は
希望の泉
あしたへと続く
にじみ続ける

にじみ続ける

にじみ続ける

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2011.10.13

にじみバンドメンバーファイル5: 黒瀬みどり

そして。ピアニスト、黒瀬みどり。
みどり岩木.jpgわたしの住む家から車で20分位のところに住んでいる、最も近くのメンバーであるとともに、場所のみならず、信頼関係としても世界中でもっとも近い音楽仲間。
2歳からピアノをはじめ、幼い頃は作曲家を目指していたらしいが、音大系の雰囲気が無理でその線から離脱して老人ホームや施設でのボランティア演奏とお酒屋さんのバイトに従事していた。現在は一児の母。ずっと広島在住。
2008年夏、母の知り合いだからということでしぶしぶ出演した、宮島トライアスロン大会前夜祭。私が入り時間に現場に着いたら、地元の和太鼓のグループが先にリハーサルをしていた。そこの大将がみどりさんを指差し、「この子はできる子じゃけえ、一緒にやったらええ」とかなり強引に言うので、じゃあ、とその日やろうと思っていた「365日のマーチ」の譜面を渡してみたら、つるつるっと弾いてくれた。おろろ?ってことで「幸せハッピー」「あなたと歩くの」のコード譜も渡してみたら、コードしか書いてなかったのにそっちもつるつるっと弾いてくれた。なんで?知らんやろこの曲?しかもその目が輝きすぎててヤバかった。瞳孔が開いたままキラキラしていた。話してみると音楽はもっぱらボランティアが多く、普段は家族の介護をしているという。ばあちゃんの介護をしていた私は妙に親近感がわいた。
その1年後、これもしぶしぶうけた地元の極小納涼祭を前に、困った困ったとほざいていたら、母が「あの時のみどりちゃんも出るよ、納涼祭でもあの子に弾いてもらったらええじゃ」と公民館のサマーコンサートのチラシを差し出した。演目に「港町十三番地」や「Top of the World」とかあった。私よりも11歳も若いのに、なんでそんな古い曲を知っているんだろうと思いながら見に行ったらすごくよかったのでその場で口説いて、その後に続く。

みどり立誠.jpg彼女がいなかったら『にじみ』はなかった。彼女の存在が、私に火をつけた。

レコーディングの段取り開始と同時期に妊娠が発覚、お腹の子とともに着手記念ライブやレコーディングをこなし、マスタリングの翌日に予定日よりも半月も早く出産。産後、彼女と赤ちゃんが落ち着くのを待って、ようやくスタートするこの”にじみの旅”なのです。

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2011.10.13

にじみバンド メンバーファイル4:山村誠一

続いては、にじみのバンドのバンマス、山村誠一さん。
ベンチの山村さん02.jpgスチールパン奏者としても、パーカッション奏者としても一流。「PUSH DOWN」ではサックスも吹いてもらっている。楽器演奏がマルチなだけではなく、ツアーの仕切りも、おいしいご飯屋へのいざないも抜群にうまい。
ソロでの演奏活動の他、Rustic pans、NATIONAL JAM’S、さえずりな夜、また、わたしもアルバムに参加させてもらった40人超え大編成のワンハーツ・スチール・オーケストラなどなど、数々のグループを主宰として率いるリーダーでもあり、CMジングルやテレビ番組のテーマソング、著名な方々のバンドメンバーなど、サポートされてるものをあげれば枚挙にいとまがないほどたくさんの演奏活動をされている。また小、中、高での学校公演や、大阪、兵庫、高知とそれぞれにスチールパンの教室を持って演奏者を育てることにも力を注いでいたり、まさに音楽で生きているし、音楽に生きておられる人。大阪在住にしてこれだけの幅広い活動を成し遂げていることは、簡単なことではない。
誠一さんニカイラスト.jpgこんなベテランと私とは、普通だったらなかなか接触しないところだが、出会いは沖縄、”アサイラム”の2008年へ出演した際。那覇空港へたくさんのミュージシャンが続々と集まる中、ひときわ目立つアフロヘアー(天然パーマ)のコロコロしたキャラっぽい人、どう見てもおもしろい音楽を奏でそうなミュージシャン。主催者の方に紹介してもらって知り合いに。バンバンバザールのゲストミュージシャンとして出演されていたのが、もうすばらしく楽しく、すばらしくうまい演奏。うわー!これがプロの音楽家かー、と思った。直後、楽屋で名刺交換ならぬCD交換をし、それからの縁。
山村さん03.jpgにじみのアルバム自体は、参加してもらっている曲は多くはない。けれど、参加してもらっていない曲にも鶴の一声をたくさんたくさんもらった。アルバムを作るにあたり、当初は私が個々の方々に声をかけ、曲ごとに点在していたものを、「バンドにしましょや」とまとめてくれたバンドマスター。山村さんのその一声がなかったら、このアルバムは決して現状のようにまとまってはいなかった。アルバムを一つのバンドでアレンジするのはまさに私の理想の形だった。図らずも自然な流れで新しいバンドが生まれ、そのバンドとともにこのアルバムを作れた。願ってもなかなかできずにいたことが叶った。
今回の”にじみの旅”も、山村さんの馴染みで紹介してもらったお店が多い。こういう形のツアーになったのも山村さん流に習った。アルバムでは参加してもらっていない曲も、ライブでは一緒に盛り上げてもらいます!
今年のアサイラムへ、ひとつのバンドとして行けることは感慨深い。

出演直前のバンドのかけごえは、山村さんの「にじみましょっ」。
こういうの、したことなかった。人生初体験。
感動的な体験をさせてもらっています。

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2011.10.12

にじみバンド メンバーファイル3:ガンジー

明日の初日に合わせ、連投します!
続きまして、大穂とのCINEMA dub MONKSの相方、ガンジーさん。
を閉めてくださいガンジー.jpg大阪出身、沖縄在住のコントラバス奏者。身分証明書がこれしかないということで、いつもパスポートを持ち歩いている。CINEMA dub MONKSとしての活動の他、沖縄のバンドelement of the momentのメンバーでもあったり、普段は”ガンジー西垣”として、ジャズ・ミュージシャンとして夜な夜なベースを弾いたりしているはずだったが、この数年はあちこちに呼ばれてほとんど沖縄にいない状態。
ガンジーさん01.jpgガンジーさんと出会ったのは、わたしがCINEMA dub MONKSの「永遠と一日」に感動して(曽我大穂の紹介の項をご参照ください)、地元広島で主催しているイベント”堂脈”へ呼ばせてもらった時。このときのリハーサルを聞きながら、客席で一緒に座ってみていたみどりさんに「この人にベースを弾いてもらおうと思ってるんだけど、どう?」と尋ねていた。まだ一緒に音も出していなかった時だったが、この人に頼むしかないなあと思った。
始めてスタジオに入った時、渡した曲の歌詞をみて、この人はどうだよねこうだよねといちいち味わってくれたのが新鮮だった。みどりさんがやはりそうだが、案外そういう人は少ない。久しぶりに曲を書き、自信のない頃のこと、そういう反応は嬉しかった。さすが大穂が物語をつくる音楽の相方に選んでいるだけある、と思った。
『にじみ』では、みどりさんの次に最多出場。レコーディングに立ち会ってくれた時間でいえば、私とエンジニアチームの次に長い。テイク違いでどっちにしようか迷っている際にも付き合ってなんじゃかんじゃ言ってくれた。前歯がないのと、笑いながらしゃべるので、実は言っていることの半分くらいは聞き取れていないが、今のところあまり問題はない。
下は、先日、宮島フェスタデラマの際の、山村さんによる記録写真。
ガンジーと鹿20110917.jpg
鹿と山羊? 鹿とダライラマ?

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2011.10.12

にじみバンド メンバーファイル2:曽我大穂

ちょっとあいだ空いてすみません。
お次ぎはフルート、ハープ、ピアニカ、テープレコーダー、などなどの曽我大穂。
ダイホ.jpgガンジーさんとCinema dub Monksというユニットを中心に活動しつつ、ソロとしても、ハナレグミのサポートや、いろんな人とのセッションもやっている。
「男はつらいよ」好き。ダブモンクスをはじめた頃は沖縄に長く住んできたらしいが、若い頃から旅癖があるようで、スペインにも半年くらい住んでいたりもして、現在は東京浅草在住。奈良出身。
大穂のことは出会う何年か前から、共通の友人であるmama!milkの恒輔さんから、親愛詰まりまくりの「アホの大穂」として話を聞かされていたので、私はもう、mama!milkのお二人がおつきあいをしている人に間違いはないという定説をもっているもんから、はじめて会ったときに「あなたがアホの大穂くんですね!」と最大限オープンマインドな挨拶をしたら、ちょっと怪訝そうな顔をされ、あ、そりゃあそうか、失敗したと思ったが、数時間後ステージで犬の鳴き真似合戦のような演奏をしたら打解けることができた、とそんな出会い。
CdM堂脈.jpgそれから半年くらい経って、シネマ・ダブ・モンクスの「永遠と一日」というアルバムを聴いた。ちょうどその時わたしには、書きたいがなかなか書けずにいた手紙があった。ペンを進めるのにふさわしい音楽はないかと自分のCDの棚を見渡し、いくつかをかけてみたが全然だめだった。
eien_line.jpgそんなときこのアルバムをかけてみたら、驚くほどぴたりときた。ああ、わたしが欲しかったのはまさにこんな音楽だった、と。音楽かどうかわからないが、いまこの現状から連れ立ってくれる手助け。シネマ・ダブ・モンクスは、物語を見せるインストユニット。自身のレーベル名も「Monogatari」だ。すごい。ロマンチックすぎないか、と一見ビックリするが、彼と話していると自然と話が飛躍して続いていくのは、その世界に連れ出されているということなのだろう。
『にじみ』への参加は、当初「女はつらいよ」をみどりさんとガンジーさんとトリオでやってみたときに、これはフルートがほしいね、じゃあ大穂にやってもらおう!ということで声をかけたのだったが、アルバム一発目の音が大穂の吹くベースピアニカとなるほどに、結局他にも多くの曲で参加してもらった。かっこいい音楽をやっているかっこいい人のはずなのに、「説教節」とかで笛を吹かせていて、ダブモンクスのファンに怒られそうだと思いながら、大穂のそもそもの和物好きの資質を見込んでにじみバンドに巻き沿いにしています。

彼が今どこにいるのか、最新情報は大穂のブログかツイッターで。

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