二階堂和美 nikaido kazumi

diary

2011.08.08

アメリカンツアー 現地レポ

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カジュアルでスモールなアメリカツアーも終盤。
ただいま深夜の2:15。
今日は朝サンフランシスコをでて、タラの住むポートランドに一気に戻る予定が
あと一息のところでタラの車のタイヤがパンク。12時間ドライブの末。
JAF的なサービスにきてもらって、車はレッカー。
近くの町のモーテルで急遽一泊することに。
アクシデントは面白い。
旅って感じがする。

一緒にツアーを回ってくれている、SWEET DREAMSの福田さんのface bookに写真がいくつか。

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2011.07.30

パラカミ兄さん

ハラカミさんが亡くなった。
突然に。
『にじみ』発売日に
「今から買って聴くです!」ってメールをくれた。
あわてて電話をして、「送りますから!」って言ったら
「もうitunesで買いました」
って言って
「じゃあモノのほう送ります」
って言って
いろいろ話をして
こんど9月のフェスタデラマでご一緒しましょうって
またうだうだ飲みましょうって

ツイッターに入会したかって
まだですって
会員になる時は、ぼくに言ってもらったら紹介するからって
まえからそういう約束で

わたしはもうツイッター会員にはなれない

「うちの和美をよろしくお願いします」って
同郷の私をわざわざ広島でのハラカミさんのライブのとき、
ゲストによんでくれて、私にもサイン会をつくってくれて

ハラカミさんとはいつもサシで飲んでて
パラカミさんはいっつも文句ばっかり言ってるんだけど
ものすごくやさしい兄貴だった
ものすごくやさしい兄貴だった

ものすごく やさしい兄貴だった ほんとうに
ものすごく

ものすごく

兄さん
なんでいなくなっちゃったんだろう

私がお経をあげたかったよ
でも兄貴はいっぱい人に愛されてるから

わたしはカナダから
ホテルのベッドで
お経をあげましたよ
きこえたかな
兄貴

ありがとう

ありがとう
ハラカミさん

ありがとうございました。

お別れの時 恐れはしないです
必ずまた会えると信じています

お浄土で会うのを楽しみにしています

それまであれこれ文句ばっかりいいながら待っていてください

合掌

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2011.07.21

彼岸

台風一過で、散らかった庭には、道はさんで向こうの自治会掲示板から「花火大会」のポスターが飛んできていた。
貼り戻しに行ったら、「納涼祭」のポスターも引きちぎれて、そこらへんに散らばっていたので、なんとなくパズルがしたくなって、いったん持ち帰ってセロテープで裏から貼り合わせ、掲示板に戻した。
よれよれのポスターたちを貼り直し、倒れていた「ゴミ集積所」の看板を針金で留め直し、よしよし、見違えたぞ、とひとり満足して掲示板をにんまり眺めて、気を良くしていたその矢先。
調子に乗ってもう一働きするかと草抜きを始めた瞬間、チクッと腕に痛みが走った。
切ったのか、虫にさされたのかもよくわからないけれど、毒っぽいものが血管を回っている。あわてて、病院だ、消毒だ、とか言ってるうちに、虫さされっぽく腫れてきたので、なんだ、虫さされなら、とムヒを塗ったら数十分後に跡形もなく収まった。

刺される直前、思わず口に出してしまった言葉は「わたし、人、良くね〜?」。

・・・ちくしょー、思い上がった瞬間に刺された。
確かに、「わたし善行しちゃった〜!」って思ったさー。

ジンクスとか迷信とかはことごとく無視するほうだが、
タイミングよすぎて、まるで日本昔話の戒めのようで気味悪かった。

わりと、信じ難いことがよくある。
その人のことを何日も、「あ、手紙書かなきゃ」とか思っていると、その相手から先にメールが来たり、向こうから会いにきてくれたり。

今しがた、今度「TRUSH UP」で連載される人生相談の電話対談を終えたところ。
相手はお坊さん。5年前にお坊さんの集中講習会で一緒のクラスだった人。
2週間みっちり朝から晩まで勉強する講習の、最後のころ、その人は
「『Lovers Rock』の7インチ持ってます。」と言ってくれてびっくりした。
その後数年を経て、「TRUSH UP」の連載をしないかとその人から連絡があった。
「なぜあなたが?」と尋ねると、たまたま訪問したご門徒のおばさんから「うちの息子が変な雑誌作ってる」と見せられたのが「TRUSH UP」だったらしい。彼はその読者だった。
へえー!な話。

「TRUSH UP」といえば、連載されているDODDODOの漫画が素晴らしい。
DODDODOのカバーを一昨年、neco眠ると一緒にやらさせてもらって、
MV(最近はミュージックビデオというらしい)にも出演させてもらったが、
その曲が収録されるのと同じアルバムの、他の曲のMVを見た。
そのMVが素晴らしかった。当時も触れたけれど、素晴らしくて感動した。

「お別れの時」という曲は、去年の11月にできた。
その数ヶ月前に最初の2行だけはできていた。
そっから先、どう転がしたらいいか、見えずにいたが、
尾道へ、シネマダブモンクスに会いに行ったとき、
彼らのライブのリハ時間に、ひとり散歩しながら坂の途中で1番ができた。
会場の喫茶ハライソに戻ってきて、ライブがスタートするまでの時間で続きを書いた。

福岡の友人が亡くなった翌週だった。

彼女との別れにも重ねて書いた。

そんなことは、いまはじめて言う。
インタビューをたくさん受けたけれど、特に聞かれなかったから特には触れなかった。
自分でもそうであったことを、忘れていたのかもしれない。

もちろん、坂本くんにも言ってない。MVを作ってくれた作家だ。
それどころか、依頼の際にも、私はひとことも話をしていない。
メールも。手紙も何も。
坂本渉太くんとはまったく直接のやり取りをせぬまま、
だが、坂本くんにこの曲のMVを作ってもらいたい、というのは最初から決めていた。
彼の連絡先を教えてとカクバリくんに言ってるあいだに、
カクバリくんがオファーをしてくれ、
その後再三頼んでも、カクバリくんがなかなか連絡先を教えてくれなかったので、
そのまま進んだ。
そのまま進んで、もう何ヶ月も経ってから、「女はつらいよ」を作ってくれた伊藤ガビンさんにその話をしてたら、「話します?」と言われ、ガビンさんの電話でようやく挨拶した。
でももう、この期に及んで何かを言うのはヤボだなと言う時期に来ていたので
「信じて待っています。そのまま進めてください。」とだけ言って
さらに待つことひと月余り。
待ちに待った上映。
大笑いして大泣きした。

「お別れの時」ミュージックビデオ 制作:坂本渉太

カクバリくんが連絡先を教えてくれなかったのは正解だったのかもしれない。
話す必要はなかった。
話してないのに、これができてしまった。

予想外の物語が展開して行くのが面白かった
ストーリーは予想外ではあるが、根っこは見事に、
まさしくそれです、という世界だった。

その世界がみたかった。
時折フォーカスされる花々の顔があまりに無邪気で、
突っ伏してしまいたくなるほどの嗚咽を誘う。

おーん
おーん
あははははは

アニメーションというのはすごいな。
世界が、現実を離れる。
あっちの岸に飛躍する。

坂本くん、頼まれてくれてありがとう。

そして、そして、おくればせながら、
『にじみ』を早速手に取って聞いてくれている皆さん、
本当にどうもありがとう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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2011.07.04

レコード大賞

今日夕方、
野音では今日、スチャダラの「オール電化フェア」をやっているなあ、と行けなかった事を無念に引きずりつつ、
届いたばかりの「にじみ」の製品版CDをデッキにかけた。
4月にマスタリングを終えて、始めて通して聴いた。

夕飯時、母に「今年はこれがレコード大賞をとるべきだと思ったわ」とぼやいた。
近頃どんなレコードが出ているかも全然知らないくせにちゃんちゃらおかしいが
そのくらいの自負がある。
そうでなければこのご時世に、こんな腹のふくれないもの、だせやしない。

そんな強気の暴言をはきつつ「BS日本のうた」を見て「つまらん歌手ばっかり」と文句言いながら台拭きをかける1ローカル庶民の食卓。
「そんなら和美のCDきこうや」
「いや、ええわ。絵が出んけえ、退屈いね」
この押しの弱さでレコード大賞とれるわけがない。

一昨日の深夜、「女はつらいよ」のミュージックビデオも公開された。
早くも多くの方が見てくださったようで、ありがとうございます。
あんぱんがへしゃげたみたいな顔が大きく映ってすみません。

(こっから先裏話じゃけ、先にビデオ見てください。こちら

通りかかってくれたおばあさんは、先週私の留守中に、わたしのおばあちゃんのところへ、「こないだはええところに通りかかってから映してもろうたんよ、まー、ええところに通ったもんよね」と喜んで自分が育てた豆の豆ご飯のおにぎりを持ってきてくれたらしい。写真ができるのを楽しみにしている、と。
おばあちゃんは若干、なんで自分じゃないんだ、と思っていそうな感じがなくもないが、それは思い過ごしかもしれない。

そんなに喜んでくれていたのなら、と早速報告と肖像権の断りがてら、昨日そのおばあさんのところにパソコンもって見せに行った。
曲の最初から流してみせてたら、字が出れば「ありゃー、そういう曲かね」「まー、あそこじゃね」「まー、あんたあんな声がようでるね」とかなんとかいろいろ社交辞令に褒めてくれつつ、わたしはいつでてくるんかいの、の待ち遠しい空気が流れているようなそんな中「ほらほら!出てきたよ!」「ありゃー!あひゃひゃひゃ、大ババじゃね!ありゃーどうせよ、恥ずかし」と、ほいですぐあとに登場する少年をみて、「こりゃああそこのんじゃね、あの子はうちにようくるんよ、うちにきたらね、仏壇に参ってくれるんよ、ひとりでたったったーゆーて入っていってからチーンゆうて。あっひゃひゃ、ほいでの、」と彼の話、姪ごさんの話、息子さんの話、うちの死んだおじいちゃんの話と移りゆき、ビデオの続きは閉じてひとしきり話相手をして、またあの子の話に戻ったところで「ほいじゃああの子にも見せに行くけ、さいなら」。
おばあさんちから3軒くらいとなりの亀の少年のうちは、休日だったし、ご家族でお留守だった。
代わりにその足で姉の家に。亀の子と甥っ子は同級生。姉は、なんでうちの子じゃないん顔。だって通りかかったけえさー。あの子んちの前で撮りよったけー、たまたまさ、学校から帰ってきたんよー。ほいで、お父さんがすぐそこにおったけえ、ちょっとモデルになってもろうてもええか、ゆうて一応断ったけ、大丈夫と思うけど、そしたら亀持ってもう一回きてくれたんよ。じゃけ大丈夫じゃろ。だめ言われたらどうしよう。

それにしても、ここまで近所で済まされるとは予想を超えた。もうちょっと上流に行けばもうちょっと風光明媚ですが、もうちょっと待てば夕陽があっちに・・・、そんな薦めはさらりとかわされ、ディレクターのガビンさんとカメラマンの新津保さんはすぐそこで撮りはじめる。家の中でも。え、ここは、片付けてないからちょっと待ってと、いけかけの花を整理してたらもう撮ってた。
速い。

個人的には、橋のたもとでただひまつぶしに見物しよるおばさんとおじさんを背後に橋を渡っているのが、旅に出る時の寅みたいで気に入っている。かけ慣れないショールが、寅ちゃんが背広を袖通さず肩にかけてる感じにも重なり、あのおばさんとおじさんが並んで見守ってくれてる感じが図らずもそんな雰囲気を醸し出す。あのおばはんも、何事かいの?って顔でじろじろ見てたので、「これこれこうでね、東京からね、」と説明したらへーすごいじゃ、とかいうて、自分が映っとるなんて全然思いもよらず冷やかしがてらみよっただけのはずじゃけど、あのおばはんにも見せにいこうかいな。にしては小さすぎるな・・・
それにしても、ほんま、近所すぎて、そりゃみんな知っとる人じゃわ。だって私はあそこでラジオ体操しよるんじゃもん。一昨年納涼祭で歌って後援会できそうになったくらいじゃもん。上映会しようかいな。

あんまりぺらぺら書きすぎた。ごめんなさい、裏話なんか聞かんで見てください。

とにもかくにも、こんなところまで撮影のために来てくれた事が嬉しかった。
多くの時間をかけて。貴重な時間を割いてくれて。

聞いてくれる皆さんにもです。
ほんとに、ありがとう。
時間を使ってくれることが、本当に何より有り難い。
年寄りみたいだな、なんか発想が。

こないだ、6月7日、取材をいくつもしてもらって、ジャケの写真も撮ってもらって、大方のデザインも完成したのを見届けて、東京から最終の新幹線で戻ってきたとき、駅に降り立って、思った。
「よくこんなところに住んでてこれが作れたな」
と。でも同時に、
「ここに住んでいたからこそ、これができたのだ」とも思った。

そういうアルバムなんだな。

いろんな人や、出来事や、あらゆるすべてのものごとがにじみ合って、
自分の中からも、押さえても押さえてもにじみ出て、

それがまた、だれかへとじわっとにじんで行くような
そんなものになれたら、ほんとに嬉しい。

ほんとに大変なご時世ですが、ほんとはずっと前からそうだったはず
これほどの揺さぶりをかけられないと気づかないくらい私たちは鈍感になってたということ

書きたい事がいっぱいいっぱいある。
玄海原発も再開させたらいけんじゃろ。国が責任とる?とれてないじゃん!なにをぬけぬけと、ふしぎでならん。
原発がなきゃあ電気が足りんっていう考えは間違っとると思う。
もっと取り上げられなきゃいけないと思うのは、たとえ事故がなくても、手のつけようがない核廃棄物は必ず出ること、その受け入れ場所さえ決まってないのに稼働している根本的な大問題。作業員の方の危険だって、事故がなくとも常にある。
孫社長がんばれ!(孫社長が息巻くとハマケンのコントに見える・・・)

電気をとりまく状況も、宗教の本質も、歌の心も、どれもこれも危機的状況に見える昨今。
6代先のこと考えて物事を決めにゃあいけんとどっかの民族の話を聞いた。
真実はいつも少数派、ともどっかで聞いた。
少数派でなくなるところまでいったん行って、また壊れて、また一から出直して、
どれもこれも、それの繰り返しのような気がします。

だから新エネルギーがもうけ話になることを今は応援する。

もうけ話になりすぎた宗教は今壊れかけてる。
歌は・・・

よくわからん事だらけですが、
わからんなりにも、これだけははっきりしているって事を見つめれば自ずとやるべき事はみえて、
やれる、と思っている事のちょっと上まで目指してやっとほどほど
やればできる。
できるとこまではできる。
間違ってたら、軌道修正しながら
どっちにしろ、進む。

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2011.06.20

『タラとニカ』に寄せて

『タラとニカ』と『にじみ』という二つの作品が、どういうわけか、ほぼ同時にリリースされることとなった。
私にとっては、2枚組みたいなものだ。

『タラとニカ』のとっかかりは2008年春の録音。当時『ニカセトラ』の録音の終盤で、『ニカセトラ』の録音エンジニアを担当してくれていた東くん(『タラとニカ』のジャケットの真ん中にいる人)が、タラとの一回目の録音をしてくれた。だからタラとのセッションの中でも「蘇州夜曲」とか「赤とんぼ」なんかがスルッと出てきている(特典CDR収録)。また、『にじみ』の中のいちばん古い曲「あなたと歩くの」を作ったのもその頃。

タラとの2回目の録音は、『にじみ』の制作を決め、構想を固め始めた2010年5月。この頃は基本的にギター弾き語りでのライブは休止していて、気持ちはもうすっかり『にじみ』の制作モード。でもタラも珍しく一人で来るということで、無理矢理わたしもソロでツアーを共にした。ギターで「女はつらいよ」をやったりした。

そして『にじみ』の本格的な制作・録音に入った2010年10〜12月、タラが次々、録音した音源を編集して送ってきた。”二階堂和美アルバム着手記念ワンマン”のリハや新曲を書く傍ら、『タラとニカ』の選曲(”曲”というか、選”箇所”)、ミックス作業。

『にじみ』がミックス作業に入った頃、『タラとニカ』はジャケットや特典周りのあれこれ。

『タラとニカ』5月に発売。『にじみ』7月に発売。

この平行作業はけっこう頭が混乱した。
今それどころじゃない。というのがせめぎ合う。どっちも手を抜けない。
その上の震災。もっと大きな「それどころじゃない」。

しかしながら、だからこそのエネルギーが、この2枚には宿った気がします。
私にとって、いわば『にじみ』は本番、あるいは家。
『タラとニカ』はつかの間の休憩時間、あるいは旅。
休憩時間あるいは旅ならではの遊びと緊張。
それをタラが丁寧に引き出し、すくってくれた。
それをスイート・ドリームスがリリースしてくれた。
もったいないくらいの有り難さ。

『タラとニカ』への思いは、CDのライナーノーツにも綴らせてもらったけれど、
ほんとに、タラとでなければできなかった。
言葉が巧く伝わらないからこそ、ダイレクトに伝え合えるものがあった。

この『タラとニカ』と『にじみ』は、表面的には全然違うかもしれないです。
もしかしてどっちかだけが好きという方があるかもしれない。
ありがたいのは、この2作が自分の過去と現在なわけではなく、
どちらにも今現在の自分が写し取られていること。
この2枚を作っていた2008年からの4年間は、わたしにとっての大きな”現在”。
きつかったけど、『にじみ』と『タラとニカ』の同時進行は、きっとよかった。
この2枚が全然似ていないのも、互いに刺激し合ったからこそかもしれない。

タラが今日、また日本に来た。らしい。さっき電話があった。
6度目の来日で、明日、タラははじめて広島の我が家に来る。
そして夏にはわたしがタラの住むアメリカへ8年ぶりに行く。

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2011.03.30

前向きなこととして

こんな非常時にここのブログを見る人もいないだろうと思う反面、
私の暮らしはあまり変わっていない、という現状もある

このふた月、たまたま母の入院があり、ほとんど近所から出ていない私の仕事は、
なにひとつキャンセルになったものはないし、物資に困ったものもない。
テレビ番組が変わり、新聞が変わったが、それもまた元に戻りつつある。

「避難させてくれ」と縁遠くなっている友人から連絡があり、腹をすえて構えた日々もあったが
より親しい人に限って逃げる気がないのを見るにつけ、自分の懸念が取り越し苦労であってほしいと願い

一方インターネットを開いたとたんに、日常ともテレビとも違う世界が広がる。
3食共にしている家族と共有しない世界。

目にする情報によって、危機感に苛まれたり解かれたり、意識は振り回され
情報収集に時間を割くことがどれだけ重要なのかも自信がなくなる

私が注視しようがスルーしようが、進むものは進む
そうは言っても、私がやめればやむこともあるし
私がしなければ進まないこともある

「自分にできることはこれしかないから」という有名人や音楽家、芸術家
有名人は確かに、有名だからこそできる励まし、裕福だからこそできる援助があるだろう。
本物のプロフェッショナルには、感動を与える磨かれ熟練された仕事がある。
だが私などがその台詞を口にするのは違和感がある。
この常套句は、謙遜のようで、横柄にもきこえる。
逃げじゃないか?もっとできることあるんじゃないのか?
そう思ってしまうから自分は何事も中途半端なのだ
しょせんそういう部類だ

私のアルバムは、現在ミックスのまっ最中。
とてもその作業をする気にならない時期もあったが、5日前、あらためてこの制作中のアルバムを聴き、私からのささやかな励ましと慰めはここに込めたらいい、と思うことができた。

しかし励ましと慰めは支援と言えるか?
支援は当面はひたすらの募金。そのための労働。

しかしこれらも未来を作って行く行為には足りないのではないか?

原発の事故を受け、広島のイベントで配るチラシを頼まれ、書いた。
上関原発の強行埋め立てを受け、頼まれた雑誌の寄稿も、事故を挟んで、書いた。
いずれも、考えがまだまとまってはいない。
事故以前に、最悪の事態として聞かされていたことが、次々と現実となっている福島の状況には、悪夢を見ているようで言葉を失う。
大津波、大地震、原発事故で被災にあわれた多くの方々には、どんなにか辛かろうと心痛めるばかりだが、今ここで書いたって届きはしない。
ただ、おそらく確実なことは、今後、原発の事故がどういう結末を迎えるのかは見えないが、どう終息したところで東京の電力事情はかなりの長期に渡り麻痺が続くだろうし、日本の心臓がそういう状況にあれば東京はもちろん、日本全体が大きく変わらざるを得ないということだ。
元に戻るという道はない。
あるのは新しい道だけだ。
そんなことはもう多くの人がわかっていると思う。
でもわかっていない人もいるみたいだ。
上関原発計画を已然として進めるつもりらしい中国電力社長のコメントが昨日の新聞に載っていたが、あれはもう頭がおかしいとしか思えない。
まだ山口県知事や総理大臣のほうが、いくらか頼みをかけ得るような気がする。
時折怒りが、お酒に酔って立ち上がるときに「ぐらん」と目が回る感覚と同じように、強い血流となって頭に上ることがあるが、怒りからはあまりいいことにならないのでプーアール茶を投入して油分を分解

とめようとしてもとまらないこともあれば、とまることもある
進めれば進むこともある

なんにせよ、我々がこの地球で未来を生きるつもりがあるならば、
原子力ではなく持続可能なエネルギーに本気で転換することが一番不可欠だと思う。
何をしたらいいかわからない人は、せめてそれを勉強して前向きなことを考えるのがいいんじゃないか。やりようによって、おもしろくもできるはず。
そう思ってnewsにリンクを張りました。
この「都市型狩猟採集生活6」の中での坂口恭平氏と磯部涼氏の発言のすべてが、「そこを聞きたい、知りたい、伝えたい」と思っていることとシンクロしていた。
情報が氾濫していて何を信じたらいいかわからない今、同じ疑問をもつ人を同志として尊敬するし、映画で光のある道筋を見せてくれた鎌仲ひとみ監督はさらに先輩であるし、鎌仲さんが問うた飯田哲也氏の発言を、今自分は頼りにしてみようと思う。

先週から、自宅の太陽光発電について、いくつかの業者に相談してみている。
一年以上前から原発の反対行動に関わりながら今までやっていなかったことも恥ずかしいし、一軒の家でできることはあまりにも小さな一歩だが、まずは自分が始めてみないと人にも勧められない。

これまで相手にしてくれなかった家族がしぶしぶ受け入れてくれ始めたことは、この惨事の唯一の功名だ。
社会にとってもきっと同じことが言える。

あ、正確には、自宅ではなかった
私が住まわせてもらっているのは、宗教法人の建物。
父がこのお寺の坊さんをやっているから今日まで住まわせてもらえている。
そういうことも忘れてはいけないと思っている。
迷ったときに、自分が仏法にも知らず知らずのうちに問うていることも付記しておく。
親鸞聖人もブッダも、それこそ大先輩なのだ。

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2011.03.15

大震災にあたって

このたびの震災による多方面に渡る甚大な被害を報道により伝え聞き
大変遺憾に思っています

今は、わたしたち素人には直接的な援助は難しいですが
準備します。
しかるべき時、しかるべきことができるように

どうか、希望を持っていてくださいますよう、念じるばかりです。

日の出が早くなっています
夜は、寝るのがよかろうかと思います
そうも言ってられない
それでも

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2011.03.01

習う

抵抗したり懇願したりするだけではなくて
風向きが変わってほしいと願うならば
風向きが変わったときの、受け皿の用意も粛々と進めておかねばならない

インテリでもアウトドアでもない自分は
インテリの人とアウトドアの人から習うしか まずは仕方がない
歌も真似から習った

各方面、得意なことを得意な人がやる
役割分担は美しくて好きだ
そういう自分はソロ
親和性がないと言えばない
協調性があると言えばある
誰とでも組めると言えばそう
誰とも組めないと言えばそう
どうにでも転がれるようなそうでもないような

3/2 15:30 – 16:30
モラトリアム・カミノセキ

3/3 19:00 – 21:00
DOMMUNE「都市型狩猟採集生活・第6話」
出演:出演:坂口恭平(建築家)x 鎌仲ひとみ(映画監督)x 飯田哲也(環境エネルギー政策研究所所長)

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2011.02.21

テレビでは流れないけれど

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2011.02.20

動き

あたたかい。ひがながい。
春の訪れを確実に感じる昨日今日。
久しぶりにばあちゃんちの庭から外に出てみれば、
冬中ほったらかしにしていた鉢植えの植物たちが死んでいた
ああ すまないことをした
目に触れていないと、だめなのだ
目に触れていても、だめなわたくしですけど

音楽にうつつを抜かしている間にも
原発建設はどんどんコマが進んでいた
明日の朝、相当に強行に埋め立て工事が進められる予定との情報が入ってきた。

【緊急】中国電力、週明けにも数百人規模の動員で埋め立て工事を強行か

話題として、
暗いよね。
わかってる。

わかってるんだけど、呼びかけないわけにいかない。

現場に行けないか、やりくりを考えてみた
なぜ現場に行くのか
身体を張って、人柱となるためかというと、それだけでもない
目を背けてさえいたら、人ごとの話ですむところを
わざわざ自分の問題とするために、行く

相手の立場に立つというのは容易なことではない
でも、ほんとは相手の立場ではない
自分の問題であることを思い知るために

それでも現場に行かない、行けない自分はどうするか?

アクションを起こす。

なにか一言発言したり
なにかしらの疑問や異議を、電力会社や県や国に送ってみたり。
何度でも しつこいくらいに
数をかせぐ。

Days Japanの「上関原発建設中止を求める、ジャーナリスト・言論文化人の会」の緊急声明に賛同しても、「このほか約200人の言論・文化人以外の方」でしかない自分でも、
せめて世論の一員になることくらいはできる。

少なくとも、現地から流されている情報を受け取りに行く。
祝島島民の会 blog

この工事にはまだ反対する正当な理由がある。

ここは「奇跡の海」と言われている海だ
地味だけど!
だからすごいのだ!
わーん!

どうか、原発だなんて30年も昔のふるい計画じゃなくて、別の道にむいてほしい。

鎌仲ひとみ監督の映画「ミツバチの羽音と地球の回転」の中であれほど具体的に魅力的に紹介されていた、持続可能なエネルギー。
強行な建設工事に入るエネルギーを、どうかそっちにシフトする動きに変えられないものなのだろうか。

原発が持続可能でないことだけは明らかなのだ。

諦めたくない。

今なら、まだ間に合うような気がしている人たちが悪あがきをしている。
悪あがきで時間稼ぎしているうちに世論が動くことを願って。

先日のうたのイワトに来てくださった方の中に、
受付スタッフを通じて、私宛に封書を預けてくださった方がいた。
私がわからないなりにもここで書いたことで、上関原発のことを知ってくれ、
仙台という遠い地で動いてくれていることを知らせてくれたお手紙。
すごくうれしかったです。ありがとう。
見てくれているだろうか

あの子は今ごろどうしているか
毎日 あの道 かよっているか
夜更かししてるか 泣いちゃいないか
みんなと仲良くやっているか
(「女はつらいよ」2番)

悪あがきしてくれる人が一人でも増えてくれたらうれしい。

鉢植えのことを、死んでいた、と書いたが
まだ瀕死かもしれない

希望はあるかもしれない

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