二階堂和美 nikaido kazumi

diary

2010.04.27

ナメクジのように

めずらしく昼間にパソコンに向かい、音楽をかけながら文章を書こうとしているが
やっぱり難しい。音楽を聴きながら何かをするのはとっても難しい。
しかしながら4世代にまたがる家族と生活していると、3人くらいとの会話を同時進行で進めたりすることも結構あるので、だんだん聖徳太子化してくる 学校の先生などいかばかりか。

先日の東京、泊めてもらった友人宅のトイレの壁に貼ってあったいくつかの展覧会のチラシ、東京はやっぱりボコボコ面白そうなものが転がっていて、一瞬ときめいたりするが、すぐに卑屈な感情も湧く性分だ
そうは言いつつも、せっかくだからワタリウム美術館のジョン・ルーリー展に行った。
絵の感じがとてもよかった。でもそばに言葉があると、絵をまじまじと見る気分がなくなった。
意味はよくわからないのであまり心には響いてこなかったが、一番いいなと思った絵はポストカードにも図録にも載ってなかった。
おかしいなあと思ったら、3万円以上する限定図録に、限定版画として付いていた。げー と思ったけど、版画だしな、これはもしかして買うんでしょう私は、とか思いながらちょっと熱を冷まそうとショップの方をうろうろしているうちに、その付録の限定版画というのが本物よりも随分サイズが小さいので、これはない、と思ってやめた。代わりに「正義で地球は救えない」という本が目に入ってきた。
うわ、わたし今めっちゃ正義でものを考えてるかも、と思って手にとって、あとがきを読んでいたら「ほんとうの環境問題」という本の続編のようだったので、まずはそっちを買って帰った。

ワタリウムを出てすぐのおそば屋さんのおそばがおいしかった。東京はそば屋がたいていおいしくてすごい。これは卑屈にならずに単純に喜ぶ。別のテーブルに座っていた西洋人の男性2人が、日本語で会話をしていた。しゃべってる日本語自体は若干かたこと感があるものの、その声の音量や間合い、控えめな笑い方などが、ものすごく日本人男性らしくて不思議な気がしたが、外国に住んでいて、相づちとかが外国人ぽくなってる日本人はこういうことなんだろう、と納得した。

品川駅の新幹線のりばでレイ・ハラカミさんにばったり出会った。ハラカミさんと新幹線のりばでバッタリ出会うのは2回目だ。ほかにも、エゴ・ラッピンのよっちゃんと羽田行きの電車の中で会ったり、デルタのあやさんとロンドン行き飛行機の搭乗口で出会ったり、この一年以内だけでも意外とあるものだ。わたしの「脈拍」という歌のなかの「いつどこをふらつけば あの人に会えるのか」というのは、それなのにあの人にはなかなか会えないという気持ちを歌ったものだった、などと思い出した。バッタリ会うというのは、ドラマのようにドラマチックにはいかないが、意外とあるということで、希望を持ってもいいと思う。

ハラカミさんに「ライブですか」と尋ねたら、「ユーストで」と言っていた。
「ユースト?ってなんですか?」
「ユーストリーム。しらないか」
「ああ!昨日その言葉聞きましたね、昨日私が出たダブルフェイマスのライブもそれやってたと言ってました」
「今が一番おもしろい時期だから」
「ああなるほどそうかもしれませんね」
「ツイッターとかやってる?」
「いや、まあたぶんそのうち入会?します」
「あ、うん、入会料いるから」
結局ハラカミさんのそのユーストというのはあいにく見逃してしまったが
ハラカミさんのこういうことの鼻がいいのはさすがだ。

帰りの新幹線の中で買った本を読んだ。一年に一冊読むか読まないかくらい本を読まない私にしては、半分くらいまで読めたからましなほうだ。
寄稿した「真夜中」も読んだ。宗教特集と勘違いしていたが、信仰特集だった。
内心、なーんだと思った中で、ECDさんはびしっと宗教に触れていた。切れ味はやはりダントツで、悲しいくらい響いてきた。石田さんが文中触れられている宗旨では私はないけれども、宗教の中にいる自分にもむけられていないわけでもないので、ずっしりと手応えがあった。
寄稿の際、私がつい、依頼された文字数の倍以上の原稿を書いてしまったので、当然半分はカットされたわけで、しかしながらその作業は、アルバムを作る作業にも似ていた。自分の名前で発表される作品ながら、人との共同作業で客観性を練り込みながら仕上げていく点。それでも、目が痛くなるほど小さい字になってまで、なるべく残してくれた編集者さんに感謝している。カットされた部分についてはいつかまた折りにふれ、ここらへんで出てくると思います。
ところで、daily vitamineで取材いただいた死生観についてのインタビューは、アーカイブは残されず消えてしまったのかな?残念。私の探し方が下手なのかな?

「おばちゃんたちが・・・」というブログを書いてからもう10日くらい経ってしまった。
あの「翌日」、中国電力に電話をかけた。そしたら土曜で留守電だった。肩すかしを食らって、う~ん、じゃあファックスの文面でも考えよう、と思って考え始めたら結構やっぱり難しくて、代わりに寝床で漫画を書いた。私が言う漫画というのは、葛飾北斎の「北斎漫画」がいわゆる漫画じゃないみたいに、いわゆる漫画じゃなくて、ようは思いつきの手に任せて描くメモ落書きみたいなものだ。
枕元に紙がなかったので、転がっていたストッキングの台紙の裏表に描いた。それを翌朝印刷して「堂脈」で配った。ちょっとレイアウトを変えて4/24のライブにも持って行った。開場まえに、ばたばたしていてスタッフが捕まえられず、フライヤーの束の隣に置いておいたら、後から聞いたら、開場前に店の奥に仕舞われていた。

日にちを戻すが、土日をおいて平日になって、気を取り直して中国電力に電話した。代表電話にかけて「上関の原子力発電所のことで」と言ったら、女性のオペレーターさんが慣れた口調で「はい担当に変わります」と言って広報課というところにつながれた。生まれて初めて抗議の電話というのをしてみたのだが、もっと軽くあしらわれるのかと思いきや、一時間近く論議を交わした。ようは言いくるめる部署なのだなあと知った。冷静に話をしようと思うとまるで自分はインタビュアーみたいだった。「こども記者」になった感じがした。抗議はできても、こちらによほどの知識がないと、相手を言い伏せる反論は難しい。相手は説明会の口調で、向こうの言い分でこっちを納得させようとしている。
様々な問題点をひとつひとつ質問、抗議しているうちに、やっぱり一つだけ、これがために、やっぱり建てない方がいいとはっきりと言える点が見えた。
それは、廃棄物はくるんでくるんで地中深くに埋める、と決まっていても、
埋める場所が決まっていないということ。
今探しているらしいけれど、それが決まってもいないうちに建設するなんて、そんなばかな話が通るなんて、どう考えてもおかしい。今ニュースで話題になっている基地の問題も似ていて、やっぱり国の軽はずみな政策が原因なのだと実感した。

文部省が小学生相手にポスターコンクールを推進して、原子力が地球に優しいエネルギーであるとすり込んでいるサイトも見て、心底おぞましく感じた。

電話を終えて、こどもたちのポスターも見て、もしかして、私は、自分の町に原発が建つ、となったら、ここまで反対に燃えていただろうか、とふと思った。
私は、おばちゃんたちの30年の重みに突き動かされているのだと思う。
祝島の人たちの反対運動が、いかに少数派で厳しい選択であったかということを思い知り、それがまるごと無駄に終わっていくのが、心苦しすぎる。
私が日常生活を送っている間も、仕事をしている間も、あの人たちは、今日も自分たちの漁業や農業に専念できぬまま、海を守るために、将来のために、身を張って冷たい浜の地にナメクジみたいにへばりついている。「生活のため」ではもはやない。だって、彼らは生活さえ既に投げうっている。老後もなにもかもだ。運動家、活動家ではない。ただの島のおばちゃんがだ。
わたしにわからない難しい問題を、おばちゃんたちだって、わかっているわけではないと思う。
「ほんとうの環境問題」で池田清彦さんや養老孟司さんが分析したりアイデアを出してくれているような頭のいいアイデアや切り返しが、ここからでてくるわけもない。なのにやっている。ということは私のような頭のよくない人にもできる。というかやらないといけないのかもしれない。
ああ、また正義でどうにかなると思っている そうではない
うーん、頭のいい人が考えた、よさそうな案が、どうして国に通ってないのでしょうか??どういうことなのでしょうか??
大人になると勉強しないといけないことがたくさんあるようで、やっぱり若いうちにしっかり趣味に興じておくのは大事なことかもしれない。

漫画を添付しておきます。

原発にか漫画01おもて.jpg

原発にか漫画01中面.jpg

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2010.04.22

堂脈vol.5を終えて

18日の堂脈vol.5にお越し下さった皆さん、ありがとうございました。
いつのどのライブも、来てくださる方々にはほんとに心からありがとうと言いたいです
でも自分で企画をすると、ほんとにその気持ちはひとしおで
なんというか、こうやってこれまで皆さんはイベントを組んで呼んでくださってたんだよなと思うと、過去のいろんなイベント全部が、非常に生々しく思い出されてくるというか
そんなことを考えるのも歳なんでしょうかね

昨年3月、地元広島で始めたこの主催イベントですが、今回は特に、通常のライブの際に一緒に行動する東京のスタッフや音響オペレーターさんとかが一切かんでなくて、ほんとに会場の横川シネマさん、ケータリングのカフェネコバコさんはじめ、地元で知り合った友人知人たちの協力、いや協力というよりは、もはや主体となって動いてくれた実感を得られた回で、フライヤー配ってくれたり、ポスター貼ってくれたり、ラジオでの宣伝やら、口コミやら、機材の調達やら、DJやら、物販やら、撮影やら、打ち上げの準備やら、ものすごいフォローしてもらった。印刷物やグッズも、地元のデザイナーさんと細かいやりとりをして仕上げてもらった。誰に頼んだらいいのか、迷っているうちにしぼんでしまうことも多いのだけど、しぼまずにやる勇気がでてきた。そして、仮にゲストのアーティストのことを知らなくても、二階堂和美に免じてか、横川シネマを信じてか、集まってきてくれるお客さんがいるっていう、それでようやくこのイベントの意味というか、役まわりというか、何でこれをやろうと思ったのか、というようなことが形で見えたような気がしてほんとうに嬉しかったです。
これまでの4回も、それは同じで、ですがろくにお礼を伝えられていなかったと思うのでごめんなさい。ここであらためてお礼を申し上げます。ほんとに、ありがとう。お客さんにも、演奏にきてくれた音楽家たちにも、スタッフにも。

今回、特にアンケートをたくさん読ませていただいて、その思いが強いのかもしれません。
いつもは感想を直接聞かせていただくことは少ないのですが、こうして読ませていただくと、予想以上に励みになるものですね。自分でも驚きます。ありがとうございます。
今後の堂脈も、いろいろ計画があがっております。ご期待下さい。

シネマダブモンクスさんとの最後のセッションが、今回のハイライトだったなと、自分では感じました。いいようのない気持ちよさへ陶酔したひとときだった。

このところ、東京やらあちこちへ引っ張り回しているピアノのみどりちゃんとは、日を追うごとに私が図々しくなってしまってあれこれわかりづらい注文を出しまくるのですが、不思議なくらい応えてくれるもんだから、これまで火をつけずにしまっておいた火種に飛び火していく感じ、それらが形になり始める手応えがあって、希望に燃えるってこういうことか、という感じがしている。

それにしても、「お客さん」のことをなんと呼んだら一番しっくり来るのだろう?
オーディエンス?の訳って「聴衆」?ってなんか、「衆」ってなんか十把一絡げ感ありすぎるし、「リスナー」ってラジオっぽいし、「観客」ってやっぱちがうし、「客」っていうとすごく金銭関係が見える感じがする。無料の時だってあるでしょう?来場者?なんかそんなに細かくわけなくても、なんかあってもいいような気がするんですけれど。「聴いてくださる方々」といちいち言わないといけないのがもどかしい。

そういえば、newsにも載っけてもらいましたが、「真夜中」にロングエッセイなるものを寄稿させていただきました。まだ現物を見てはいないのですが、3月いっぱいかけて取り組んだ結構ボリュームのある原稿です。かなり個人的なことをいろいろかかせてもらいました。恥ずかしいくらいですが、せっかくなので是非読んでいただきたいと思っています。

地元で云々、の思いとも繋がっているな。

デリバリーのセレクトCDも気に入っている。偏っているかもしれないけど、普段あんまり歌ものは聴かないのでこういう感じです。ぼんやりした昼間とかにいいかな。

あと、キッズチャンネルの「あたらしいなまえ」という歌も、かなり気に入っています。とってもいい曲なんです!4月のテーマソングなので、もうすぐ終わってしまう・・・。うちはCS見れませんが、見られる方は是非フルコーラスで聞いてください!試聴も、意外に長くは聴けますが。こちらのnewsから飛んでください。

いろいろ、すこしずつ書いていきます

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2010.04.17

おばちゃんたちが・・・

どうしよう
わたしがうかうかしている間に
一緒に歌って踊ったあのおばちゃんたちが
どう見ても虐げられている
うわーん どうしよう
どうしたらいいんだ
あした中国電力に抗議の電話をかけよう
「インターネットで現地リポートの写真を見ました
あんなやり方はおかしいと思います」
何十回も
ファックスも
もっと頭のいい方法を教えてください
たのむ。ca3a0287.jpg
わたしにはわからないよ
知恵を貸してください

島根の原発では
3月、123カ所の点検漏れが発覚した上、
数日前、その責任者が自殺(?)している
なんて不気味なニュース
絶対やばいやんか

どうしてこうなるのだろう

そういうあんたも電気使うんでしょ?とかいう切り返しは今別問題

「東京原発」って役所広司さんやら吉田日出子さんやらかなり豪華キャストの映画を
こないだ再上映でみたのだけど、あの映画、是非多くの人に見て欲しい。
2005年に作られた映画。
「東京原発」オフィシャルサイト

私は今、週末のイベント「堂脈」のことやらアルバムsoloのことやらを書こうと思って
ネットを開いた。
でも上関原発反対の署名を集めさせてもらったお礼や報告も書いてなかった、と思って
みなさんからいただいた署名は、3月末〆で確かに送りました、ということ、
ライブ会場各地で署名してくれた皆さんにほんとにありがとうという感謝と
北海道の水玉さがしのよしこちゃんが100人以上もの署名を集めてくれた感動、
直接送ってきてくれた友人たちへもありがとう、と伝えたい
でもそのまえに、現状はどうなっているのか最近の動きを知らないままだ、とハッとして
探してみたらこんなニュースにぶつかってガーンとなっている今

もうなにが大事なのかわからなくなってくる
どうしよう

きちんと情報をあつめることと、実働することとはどちらが大事なのか?
実働とは何を指すのか?

時間をかけてる暇がない・・・
この反対は、まちがってない、とわたしは信じている

まずは中電に電話じゃないか、というのが今夜の判断。

ショックを受けた情報源はここでした
http://iwaijima.jugem.jp/
http://radio-active.cocolog-nifty.com/blog/

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2010.04.15

時は流れている

東京に5泊して今日帰宅
駅のプラットホームに入る直前、新幹線からマツダスタジアムが見える
試合をしていた
ゴールデンタイムに帰ってくることもあまりなかったんだろう シーズンもあるし
試合をしている最中にここを通るのはたぶんはじめてだった
新幹線客にアピール 「0対3」 ヤクルト戦
客席ガラガラやんか、ほんまにこれ試合中かいな
でもなんとなくナイターやってるリアリティがよかった
在来線に乗り継いでさらに小一時間揺られた後
タクシーに乗ったらやっぱりラジオ中継
運転手さんに「何対何になった?」と聞いてみようかとよぎったけどやめて降りて
家ん中入ったら、おとうさんが焼酎飲みながら見よった
テレビ画面では、ちょうど「5」という数字が回転していた
お!進んでる
時間は進んでいる
時は必ず流れている
と思った
あと1回 というところで中継が終わって お父さんが寝に帰っていった
消されたテレビのスイッチをなんとなくもう一回入れたら
ジムキャリーの映画がはじまるところだったのでつい観た
ジムキャリー
やっぱりジムキャリーだよ
やっぱりジムキャリーだ
ジムキャリー
惚れ惚れする
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2010.03.12

ANVILが

昨秋に東京で見た友人が絶賛していた映画「ANVIL」が
わが横川シネマにも来ていて、見ねば見ねばとようやく見にいったら
これが・・・よすぎました。
終わった後も、しばらく嗚咽がとまらない
明日(今日12日)までなので、朝昼晩3回あるから、20:50の回もあるから
広島の方もご遠方の方も、行けたら是非見にいって!!!
横川シネマ
ダスティン・ホフマンのコメントは大げさじゃないです
なんていい映画なんだ
おもいのたけは、またあらためて

もう先週から、サーカスで泣くわ、映画で泣くわ
なんかよう泣きよります

いろいろ書きたいんですが
締め切り近いのがあるのでそっちさきやります

ANVILって かわいい毛糸屋さんの名前にそんなのがあったような

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2010.02.22

大山超えて

堂脈、「solo」、スコットランドツアー、イワト、そして絵かき歌ライブと
冬の大きな山を越しました。
あれからまだ1週間以内くらいかと思っていたら、結構過ぎてた

絵かき歌山は厳しい山だった
ほんとに、前5日間くらいは容量オーバーで頭が破れそうだった
後頭部の下の方がほんとに痛くて重くて それって何をつかさどるところだったんだろう
でも終わってみれば、やらせてもらえてよかったなあ
おちついてみると、もっとよさそうなアイデアがいろいろ浮かぶ
はじめてのことというのはそういうものだろう
そのうちアニメーションにしたいと思っています
なんでこのメンバーだったんだろうというおもしろさがあった
それも冷静に判断してなかったからこそのありえなさがあってよかった
東京でもこのメンバーで再演したいと思っています

終わって翌日、開放感に満ちて帰る帰路、
高速道路で車線変更禁止で覆面に捕まって
「1年以内に何か違反をしましたか」と問われ
ちょうど363日前にしていた 惜しい
去年の誕生日、一方通行逆送を自転車に乗ったおまわりさんに見られていた
生年月日を尋ねられ、「2月14日です」「・・・(ん?)今日ですか?」。
それでも見逃してはくれないものです つい状況のあほらしさに笑ってしまってるからかな
そういえばこないだイギリスで入国審査の時、
PAさんと二人で、質問に英語でうまく答えられずについ笑ってしまったら厳しく怒られた。
笑ってはいけないことも時々ある
こないだ財布と一緒に免許証をなくしたのも更新受付開始の直前で
うーん、ばからしいと思いながら講習受ける暇がなくて再交付したり
しょうもないお金の落とし方が多い年始めであります

そんな山を越えて、寝て起きたら、オリンピックが始まった模様
つい開会式を眺めてぼさーっと過ごす 長い 長すぎる それより聖火リレーの模様の編集映像をもうちょっと長く見せてもいいんじゃないか?と思った 退屈だなあと思いながら なんかテレビを見るというのは余裕のあるときの象徴のような感じがして、実行。
あと映画を観るというのも同じ。ロンドン行き飛行機内で見てすごくよかったディズニー映画「カールじいさんの空とぶ家」を、甥っ子と姪っ子を連れて見にいく。最初の数分で、こどもから一気にじいさんになる、あの台詞なく進むシーンにノックアウトされた。原語の英語のまま見たのだけれど、相手役の女の子の声がすごい魅力的だなあと思っていたら、その後台詞ないまま死んでしまった。衝撃。事前にストーリー知らなくてよかったなあ。
あとテレビでやってた「ガンジー」も見た。「ハンサムスーツ」も見た。
「風の谷のナウシカ」も途中まで見た。ナウシカの声も顔もキャラもやばいが音楽がやばいなああれは。心がざわざわしすぎる。引き込まれすぎる。あの映画は麻薬じみている。恐ろしくてまともに通して見たことがない。途中から、とか途中まで、とかばかり。結局そうやって断片でテレビで何回か見ている。いいかげん、まともに見たい。とは思っている。
どうもDVDで見るのがあまり好きではない。横川シネマの10周年記念本にも書いたけれど、映画に、こちらの都合で一時停止できる便利さがあってはならない、となんとなく思っている。今日見ないと、またいつ見られるかわからないという感覚においては、映画館で見るのの次に支配的な、テレビ放映のほうが、煩わしいコマーシャルがあるデメリットを差し引いても、分があるような気がする。

昨日、広島現代美術館で見た「一人快芸術」という展覧会がすごく面白かった。どれもよかった。
中でも、電車の写真を撮ってた並木運美さん、新聞紙に自画像を描いてた吉村芳生さんはやっぱりすごいと思った。この展覧会、普通は作品の横にタイトルと制作年、画材が書いてあるだけなところが多いけれど、その横に作家の生年月日や経歴などが添えてあるのがとても親切だと思った。読みたくない人は読まなければいいけど、わたしは面白いなと思ったらもっと知りたいから読む。面白くないけどなと思ったら、でもなんか面白いところがあるんじゃないかと探したくてやっぱり読む。カタログを買うといつでも読めると思って読まないけど、あそこでなら読む。CDも、買うとライナー読まないけど、お店のキャプションは読む。岡啓輔さんの紹介文を読みながらあれ?岡画朗?の、岡さんなら知ってるじゃん私、へえ~なんか嬉しいなあ!と思っていたら出口で本人に会った。憶えていてくれた。話をしながら歩いた。おもしろかった。展覧会は今日終わった。「明日マイアミがここでライブするよ」なんていうから今日も行った。旧友に会えて嬉しかった。そういえばこないだ渋谷のホームで小川てつオくんにも会った。二言三言しゃべったが、彼は私のことわかっていなかったかもしれないな。ばったり会うと一瞬誰かわからないことがある。ライブ会場で会う人にもよくある。そういえば、エゴのよっちゃんとも羽田に向かう電車の中で会ったことがある。私が座って1分後くらいに、ふわっとした色使いとテクスチャーの人が乗ってきて目の前に座った。あれ?て思うけどちょっと自信がなくて、相手がこちらに反応があってはじめて、あ、当たり!と思う。空港でハンバーガーを一緒に食べた。初めてふたりきりで食事をしてなんか楽しかった。あれは9月だったっけな。その後o’eastのライブに来てくれて、ハモりやってみたいねんって年末エゴワンマンに誘ってくれた。
こないだイワトのワンマンに、ボーズさんとかわなべひろしさんが来てくださった。あんな長いライブに付き合わせてしまって恐縮ではあったが、ものすごく嬉しかった。ボーズさんが私の歌うのを聞いてくれているとか、スペシャルすぎてもうわからない。
なんか自分に関係してくださる方のお名前を名指しで書き連ねてしまって、みなさん現役でいらっしゃるのに公開しては失礼なこともあるかもしれず、すみません。そういえば先週見た、90才で現役のバンドネオン奏者であられる、佐川峯さんのライブでも往年の友人知人のエピソードMCが炸裂していた。佐川さんは演奏の合間合間に、下町江戸弁で「この年でバンドネオンしいてるのは」と、「弾いてる」を「しいてる」「しいてる」いいながら、李香蘭さんのバックで演奏してたとか、淡谷のり子さんに誘われたとか、出てくる名前がいちいちビッグネームで、自慢話ではあるけれども上手に自分をおとしながら敬ってお話しなさる。もう亡くなった方ばかりで、嘘でもほんとでも、他に聞ける人もいない。演奏が上手いか下手かなんかはもはやわからないが、その人が今、目の前にいて、演奏しているってことがすごい。しかもこの江戸っ子がなぜか広島に住んでいるという。新曲の「ふりむけばタンゴ」という曲へ五木寛之さんが歌詞をつけてくださった、まあだれかが歌ってくれてそのうち出ると思いますからよろしく、と言っておられたが、その歌い手として適任はたぶん私じゃあないか?などと内心思った。
その佐川さん、後継者がいないと寂しそうに言っておられた。お金はかからない、楽器はあと5つあるから大丈夫、お月謝とかもいらないですよ、その代わり私がいいというまで帰さないけどね、といっておられた。そんなそこいらの習い事じゃあないんだよ、と。この楽器を弾(し)いてみたいと思う人(しと)があったらいくらでも教えますから、そういう人(しと)がいたら連絡ください名刺を渡しますから、と
そういえば、9月にオーストラリアでライブを見た、ヴァン・ダイク・パークス氏も名刺を配っていた。私ももらった。私たちが日本から来たと言うと、日本は私は好きだよ~日本といえばhosonoがすばらしい音楽家だよね、というようなこと、他にもたこやきがどうだとか、なんか日本の民話の話をしてくれたり、ライブ前なのにいろいろお話してくれた。ピアノのタッチがものすごく力強くてびっくりした。
というわけで、佐川峯さんに弟子入りしたいという方があったら、是非ご本人か私かにご連絡ください。

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2010.02.09

新曲11曲

うたのイワトではほんとにありがとう
ご挨拶いろいろはさておきまして
あのあと
2/11の絵かきうたライブのために
全精力注ぎました
メンバーみんなの協力のおかげで
絵かき歌11曲が書き下ろされます
うしろあたまが今破れそう 痛いよう 痛いよう もう寝よう
だけど いいんじゃないかなあ これは
久しぶりにスケッチブックに絵を描いてはめくり描いてはめくり
田口さんのレコード寄席もあるなんて
あまりに山奥で お客さん来てくれるのかな
まあお客さんがたとえお一人でも全力でやりますよ
近県の方は是非
無料です

あ、通常のライブセットもやると以前書いていたけど
今回は絵かきうたに全てを注ぎます

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2010.01.16

都会

円盤ジャンボリー楽しかった。都会って思った。
町や駅やを見てもだけど、人と会って痛感。ショックなくらいだ。
ぽろりと、相談とも近況ともなく話をすると
ぽぽぽぽぽん!っとおもしろいアイデアが返ってくる。
この感じ。都会!
円ジャンに集まっている人がとりわけ面白い人らっていうことでもあるのだろうけど
今回デュオでやらせてもらった植野さんにいたっては、もうお兄ちゃんみたい。
お兄ちゃん以上にお兄ちゃん。比べるお兄ちゃんはいないけど・・・なんて頼もしいのだ。
共演させていただいた、かえる目 の細馬宏通さんとお話をするのもとても面白い。
私の希望で、「とんかつ岬」を歌わせてもらった。一聴したときからいい曲だなあと感動した。
調子に乗って書き下ろしを頼んでみたら「燃焼のブルース」という濃いのが来た。
絶対自分では書けない。これが歌手の醍醐味。
かえる目さんとちゃんと向き合えたのはライターの近藤チマメさんのおかげ。
そんで田口さんは、やっぱりすごい。
たくさんの旧友に会い、とても和んだ。
いい東京だった。
おかげで、おもしろそうなことが来月出来そうです@山口県秋吉台国際芸術村。
絵を描きながら歌うんです。2/11です。詳細は近日中に発表します。

ところで、その円盤ジャンボリーにも出演していた、NEWDAYが来週広島に来ます。
それで前座をさせてもらいます。詳しくはNEWSをご参照ください。

東京へ、携帯の充電器を忘れてきたので、リハが終わってドンキホーテへ買いに行き、
いったんレジを済ませた後、「燃焼のブルース」のためにシルクハットをうろうろ探し、さあ買おうとレジに持って行ったら、財布がなかった。手に持っていたはずの財布が。充電器を買って、わずか20分くらいの出来事。充電の切れた携帯電話も楽屋に置いてきていた。
ふと客観的にその環境を見渡して、うわあ・・・渋谷のドンキって、条件最悪。
と思って頭がテレビドラマっぽくなった。
本番は始まっている。誰かに連絡をとらねばと思いながら電話はないし、一刻も早く店内の通ったルートを逆送したいし、店員さんに尋ねもしたいし。しばらく這いずり回って探したが、見つけたのは100円玉ひとつ。
のんきに帽子を試着している横で持って行かれたとしたらなんて間抜けなんでしょう。
都会。

その間抜けな話を聞いて、以前、ご自身の美術作品のBGMに私の音源を使ってくださっていた八谷和彦さんが、使用料を発生させて手渡してくださった。わたしもこういう人になりたい。
翌日、恵比寿のタイ屋台料理屋で、封筒からお金を出して払っていたら、タイ人のおばちゃんが状況を察知し、象のキーホルダーをくれた。
他の場所でも封筒からお金を出して払ったが、「それ、どしたん?」と声をかけてくれた人はあのおばちゃんだけだった。

新しい財布、新しい健康保険証、新しい運転免許証。カードはまだない。

あの切符でだれか旅行に行っただろうか。

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2010.01.02

2010年明けて

20091231.jpg
大晦日から元旦にかけて、広島あたりはうっすらとした雪景色に月の輝く夜空でした。
あけましておめでとうございます。皆さんの年の瀬、年明けはいかがだったでしょうか。
わたしは12月、かなり凝縮された日々を送りました。報恩講、NO NUKES、堂脈、レコーディング・・・
なかでもEGO-WRAPPIN’のライブへゲスト参加させていただいたのは、楽しくもあり、いろいろ思うところもあり、とてもいい経験をさせてもらった。ボーカルのよっちゃんとは、きちんと話したのは2008年のダブルフェイマスの25thライブの時で、決して古いつきあいではないのに、どこか親近感を感じるところがあり、歌い手としてお互いリスペクトをしつつ、って私が言うとおこがましく聞こえるかもしれないけれど、でもおかげで私は自分の立ち位置というかやるべきことというか、そういうのも確認できたような気がした。彼女はほんとうにかっこいい歌い手だ。同い年で誕生日も10日余りしか離れていないというようなことも、こじつけとしては興味深い。一緒に歌えてほんとに嬉しかった。リハーサルから本番終了まで、いろいろ挟まっていたのでかなりハードではあったが、それゆえ夢のような日々だった。
リハーサルの日にも千秋楽の翌日も、ご門徒さんが亡くなられ、お通夜や葬儀が合い重なった。人は死ぬ日を選べない。生まれる日も選べない。ただ、お通夜や葬儀に関しては、本来もっと融通の利くものであったのではないかと思う。今のように形式的になったことに対しては多くの疑問を抱くと共に、僧侶の歴史に反省も多いが、それはつまり自分の生き方への疑問でもあり、これからの一歩一歩がすべてそれにつながる。というかそれそのものが私の人生となっていくのは当たり前のことでもあるんだよね。
大晦日に、バンバンバザールさんのカウントダウンイベントに出演させてもらった。初めて、大晦日にライブをした。早めの7時台に演奏させてもらったのち、あわただしく移動しながら、昔のレコード大賞と紅白のはしごをする歌手のような気分を勝手に味わわせてもらいつつ、しかし、はしごして帰ったお寺では、鐘をつきに集まる方の人数もテンションも、ライブのそれとは全く違っていて、しかしそのギャップにも随分慣れて、慣れることの強さと怖さとをぼんやりと思い、しかしこの雰囲気が嫌いではない。がなんとなく走り続けている心地から戻って来れていない感じがして、フィックスするために写真を撮ってもらう。身体が冷えた。熱燗をコップでくらって寝る大晦日の夜。
元旦は親戚が集まっている中、パソコンに向かう仕事をするのも気がひけ、接待を装って従兄弟たちと「THIS IS IT」を見にいった。
ちなみにレコーディングというのは、自作曲を弾き語りで歌ってみました。これに関してはまた後日。

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