二階堂和美 nikaido kazumi

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つれづれにか vol.47

掲載:QUATTRO PRESS vol.93 / PARCO-CITY FLYER 2010 January

Q47nonukes.jpg 11月末、祝島に行ってきた。祝島というのは瀬戸内海に浮かぶ山口県の島。橋はかかっておらず小さな船でゆく。広島県の山口寄りにある私の家からだと、島へゆくのもクアトロのある広島中心地へゆくのも、実はさほど変わらない所要時間。
 祝島を含む上関町というのは、原子力発電所が建つとか建たないとかで、もう27年間も揺れている地域。この日は反対派のデモの日、それにあわせて慰問に行った。慰問というと偉そうだが、ただ島のおっちゃん、おばちゃんの前で、歌を歌うというだけのこと。戦い続けるというのは気の張ることだ。ただ、ガス抜きしてもらいたかった。どっかのダムでもどっかの基地でも、地域住民のなかで意見が割れると暮らしはギクシャクするもの、それが長い期間続いたときの心の重荷たるや。
 音楽には人をふわっと楽しくさせる力がある。わたしはそう思っている。「楽しい」なんて大ざっぱな言い方ではあるが、ともかくいろーんな感情を与えてくれる音楽、直接的なメッセージを発することはなくとも、人の心を耕すことは出来る。それによって変わる何かがある。原発に翻弄されてきた島のおばちゃんたちに、楽しいひとときを過ごしてほしかった。珍しく自分から申し出たコンサート。余計なお世話だろうかという心配をよそに、ふたを開けたら予想を超える大盛り上がり。おばちゃん仮装で乱入、私の歌などぶちこわしとも思えるほどの大爆笑の渦。腹をかかえて、ワッハッハ、ワッハッハ大騒ぎ。歌ったのはいわゆる懐メロもしくは演歌寄りの、みんな知ってる往年の歌謡曲。「お嬢っ!」のかけ声は飛ぶは、「おい、紙テープがいるわぁや!」と誰かが言えば、ほんとに次の曲には色とりどりの紙テープが投げ込まれてくるわ、まるでスターになった気分だった。スターはこうやって自分の人気に戸惑いながらも受け入れていって、自信を得、その恩を返して行くのだなと想像した。
 寺暮らしをしている私は60代前後のこの年齢層にはなじみがあるつもりだったが、島の漁師、農家の人間パワーは半端じゃなかった。本来こんなおもろい人らに、政治的な小難しい戦いをさせてしまっていることに申し訳なさも感じた。だがこの人らだったからこそ27年も戦ってこられたのでもあろう。しかしもう世代交代の時期が来ている。電気の恩恵を受けまくってきて、これからも使いまくるであろう私たち若いもんは、この問題をどう受け止めて、どう行動するのか?大河ドラマで昔の武将を見るたび、30代という齢はもう頭首だもんな、と背筋を伸ばす35才冬。

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