二階堂和美 nikaido kazumi

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つれづれにか vol.15

掲載:QUATTRO PRESS vol.61 / PARCO-CITY FLYER 2007 April

 やっぱり異動のシーズンなんですね。私のまわりでも、私が広島に戻ってきてからの2年3年、お世話になったあの方この方が離れて行かれます。とはいえ、それでその方たちと縁が切れるわけではもちろんなく、知ってる方があちらこちらに散らばると、自分まで活動範囲が拡がったような錯覚が味わえて頼もしくもあります。かえっていつでも会えないと思うと、会える機会には予定をやりくりして、近くにいるときよりもよく会うようになったり、なんて事はよくあること。そういうとなんでもそう。情報もそう。
 私は広島の高校を卒業した後、お隣県の山口で大学時代を過ごしたのだけど、その田舎っぷりといったら結構なもので。90年代の初頭、今のようにインターネットは普及していなかったし、タワーレコードのような大手のCD店は県内に皆無。地元でオッサンがやってるセレクトショップで目につくものが影響してか、その時期は古い音楽ばかり聴いていた。もともとバンドをはじめたきっかけが、ガンズ&ローゼズだったし、そこから70年代のロックに遡って、ブルースやR&B、ソウル、ファンク、レゲエ、スカ、ダブ、てな感じでわりとオーソドックスに懐古した。時間と旅費をかけて都会に出かけていった際には、試聴買い、ジャケ買いしまくった。情報が少なかった分、一枚一枚、一曲一曲を丁寧に聴いていた時代。少ない情報の中で、めいっぱいアンテナを張っていた姿は、水をあまり与えられない植物が、気色悪いほど根を張るのと似ていて、今思うと我ながらいじらしい。ダサくも貴重な体験である。当時、もっと同時代の日本の音楽なんかを知っていたら、きっと今頃やってる音楽は全然違っただろう。根本的に好きになる音楽は、遅かれ早かれ、そう違わないものに行き着くのかもしれないけれど、後から出会う音楽は、自分にとっては新しくて新鮮、何が先に染みついているかで、捉え方は変わってくるもので、そういうのはなかなか大きな違いです。
 いつでも行けると思うと結局行かなかったり、いつでも聴けると思うとなかなか聴かなかったり、映画やコンサート、展覧会でもそういうことはよくある。友達との出会いや別れも、親孝行でも、全部。今、やりくりしてやらないと「今度」なんてものはないかもしれない。とは思うけど、だからといってやりたいこと全部はやっぱりできないし、そんな中で出会うものと出会わないものがある、それが縁(えん)ってものなんだと思う。
 新しいことに必ず出会えるはずの異動は、気持ちよさそうです。
根っこ

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