二階堂和美 nikaido kazumi

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つれづれにか vol.14

掲載:QUATTRO PRESS vol.60 / PARCO-CITY FLYER 2007 March

 わなわなする音楽が今わたしの耳にささったイヤホンから―このインナー型のイヤホンというのは、注入されている感じがある―そこから時々聞こえてくる声が自分の声だというのに、ちっとも恥ずかしさがない。このアルバムの中で、自分の声は、生駒祐子の思いと清水恒輔の録音によって、すっかり昇華してしまっている。
 yuko ikoma『esquisse』。「オルゴールで曲を作っているので、ニカさんにも是非声をいれてもらいたい」そんなふうにいってくれたのは、確か2002年のこと。いや、それが「オルゴールで」と言っていたかどうか、その時はその後ろ側の言葉が嬉しくて、実はよく覚えてない。2005-06年、ちょうど自分のアルバムの制作時期と重なって、わたしはこの生駒祐子の録音のために事前に十分な準備ができて臨んだわけではなかった。そのぶん、録音現場では展開の読めぬ音の先に細心の注意を払い、とても謙虚な気持ちで、それと混ざり合う新鮮な喜びと緊張感を持って立ち会うことができた。とにかく祐子さんと恒輔さんに導かれるままに。
 祐子さんのイメージを音にすることはとてもやりがいのある仕事だった。彼女の説明はとても抽象的で、とてもわかりやすい。
 ひとつひとつ、ゆっくりと、丁寧に進んだ。場所は私の部屋だった。祐子さんはベルギーの楽器ミュージアムの話をしてくれた。わたしはベルギーに行ったときそこへ行けなかったのがとても残念だったが、まるで見てきたような、たぶん実際に見に行くよりも熱心に視た。祐子さんが話をすると、そこは異空間になる。彼女の時間軸の中で話をしたり聞いたりするのがとても好きだ。
 その時も翌朝、新しい曲のためのシート、オルゴールのシートにパンチで穴をあけていた。オルゴールの音は稚拙な響きだ。同時に非常にいとおしい。同時にすすめていた『二階堂和美のアルバム』でmama!milkに依頼した「temperature of windowside」という曲でも彼女はオルゴールを主軸に選んだ。
 彼女が数年間、コツコツコツコツ紡いできたものが、いまこうして形になった。胸が震える。思わず振り返ってしまうほどの物音に、その部屋の空気中のほこりさえ見える気がする。
 嬉しい。こんな美しい作品に関われて、ほんとに嬉しい。
ikomailst

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