パラカミ兄さん

ハラカミさんが亡くなった。
突然に。
『にじみ』発売日に
「今から買って聴くです!」ってメールをくれた。
あわてて電話をして、「送りますから!」って言ったら
「もうitunesで買いました」
って言って
「じゃあモノのほう送ります」
って言って
いろいろ話をして
こんど9月のフェスタデラマでご一緒しましょうって
またうだうだ飲みましょうって

ツイッターに入会したかって
まだですって
会員になる時は、ぼくに言ってもらったら紹介するからって
まえからそういう約束で

わたしはもうツイッター会員にはなれない

「うちの和美をよろしくお願いします」って
同郷の私をわざわざ広島でのハラカミさんのライブのとき、
ゲストによんでくれて、私にもサイン会をつくってくれて

ハラカミさんとはいつもサシで飲んでて
パラカミさんはいっつも文句ばっかり言ってるんだけど
ものすごくやさしい兄貴だった
ものすごくやさしい兄貴だった

ものすごく やさしい兄貴だった ほんとうに
ものすごく

ものすごく

兄さん
なんでいなくなっちゃったんだろう

私がお経をあげたかったよ
でも兄貴はいっぱい人に愛されてるから

わたしはカナダから
ホテルのベッドで
お経をあげましたよ
きこえたかな
兄貴

ありがとう

ありがとう
ハラカミさん

ありがとうございました。

お別れの時 恐れはしないです
必ずまた会えると信じています

お浄土で会うのを楽しみにしています

それまであれこれ文句ばっかりいいながら待っていてください

合掌

posted by Nika | 2011.07.30 16:49

彼岸

台風一過で、散らかった庭には、道はさんで向こうの自治会掲示板から「花火大会」のポスターが飛んできていた。
貼り戻しに行ったら、「納涼祭」のポスターも引きちぎれて、そこらへんに散らばっていたので、なんとなくパズルがしたくなって、いったん持ち帰ってセロテープで裏から貼り合わせ、掲示板に戻した。
よれよれのポスターたちを貼り直し、倒れていた「ゴミ集積所」の看板を針金で留め直し、よしよし、見違えたぞ、とひとり満足して掲示板をにんまり眺めて、気を良くしていたその矢先。
調子に乗ってもう一働きするかと草抜きを始めた瞬間、チクッと腕に痛みが走った。
切ったのか、虫にさされたのかもよくわからないけれど、毒っぽいものが血管を回っている。あわてて、病院だ、消毒だ、とか言ってるうちに、虫さされっぽく腫れてきたので、なんだ、虫さされなら、とムヒを塗ったら数十分後に跡形もなく収まった。

刺される直前、思わず口に出してしまった言葉は「わたし、人、良くね〜?」。

・・・ちくしょー、思い上がった瞬間に刺された。
確かに、「わたし善行しちゃった〜!」って思ったさー。

ジンクスとか迷信とかはことごとく無視するほうだが、
タイミングよすぎて、まるで日本昔話の戒めのようで気味悪かった。

わりと、信じ難いことがよくある。
その人のことを何日も、「あ、手紙書かなきゃ」とか思っていると、その相手から先にメールが来たり、向こうから会いにきてくれたり。

今しがた、今度「TRUSH UP」で連載される人生相談の電話対談を終えたところ。
相手はお坊さん。5年前にお坊さんの集中講習会で一緒のクラスだった人。
2週間みっちり朝から晩まで勉強する講習の、最後のころ、その人は
「『Lovers Rock』の7インチ持ってます。」と言ってくれてびっくりした。
その後数年を経て、「TRUSH UP」の連載をしないかとその人から連絡があった。
「なぜあなたが?」と尋ねると、たまたま訪問したご門徒のおばさんから「うちの息子が変な雑誌作ってる」と見せられたのが「TRUSH UP」だったらしい。彼はその読者だった。
へえー!な話。

「TRUSH UP」といえば、連載されているDODDODOの漫画が素晴らしい。
DODDODOのカバーを一昨年、neco眠ると一緒にやらさせてもらって、
MV(最近はミュージックビデオというらしい)にも出演させてもらったが、
その曲が収録されるのと同じアルバムの、他の曲のMVを見た。
そのMVが素晴らしかった。当時も触れたけれど、素晴らしくて感動した。

「お別れの時」という曲は、去年の11月にできた。
その数ヶ月前に最初の2行だけはできていた。
そっから先、どう転がしたらいいか、見えずにいたが、
尾道へ、シネマダブモンクスに会いに行ったとき、
彼らのライブのリハ時間に、ひとり散歩しながら坂の途中で1番ができた。
会場の喫茶ハライソに戻ってきて、ライブがスタートするまでの時間で続きを書いた。

福岡の友人が亡くなった翌週だった。

彼女との別れにも重ねて書いた。

そんなことは、いまはじめて言う。
インタビューをたくさん受けたけれど、特に聞かれなかったから特には触れなかった。
自分でもそうであったことを、忘れていたのかもしれない。

もちろん、坂本くんにも言ってない。MVを作ってくれた作家だ。
それどころか、依頼の際にも、私はひとことも話をしていない。
メールも。手紙も何も。
坂本渉太くんとはまったく直接のやり取りをせぬまま、
だが、坂本くんにこの曲のMVを作ってもらいたい、というのは最初から決めていた。
彼の連絡先を教えてとカクバリくんに言ってるあいだに、
カクバリくんがオファーをしてくれ、
その後再三頼んでも、カクバリくんがなかなか連絡先を教えてくれなかったので、
そのまま進んだ。
そのまま進んで、もう何ヶ月も経ってから、「女はつらいよ」を作ってくれた伊藤ガビンさんにその話をしてたら、「話します?」と言われ、ガビンさんの電話でようやく挨拶した。
でももう、この期に及んで何かを言うのはヤボだなと言う時期に来ていたので
「信じて待っています。そのまま進めてください。」とだけ言って
さらに待つことひと月余り。
待ちに待った上映。
大笑いして大泣きした。

「お別れの時」ミュージックビデオ 制作:坂本渉太

カクバリくんが連絡先を教えてくれなかったのは正解だったのかもしれない。
話す必要はなかった。
話してないのに、これができてしまった。

予想外の物語が展開して行くのが面白かった
ストーリーは予想外ではあるが、根っこは見事に、
まさしくそれです、という世界だった。

その世界がみたかった。
時折フォーカスされる花々の顔があまりに無邪気で、
突っ伏してしまいたくなるほどの嗚咽を誘う。

おーん
おーん
あははははは

アニメーションというのはすごいな。
世界が、現実を離れる。
あっちの岸に飛躍する。

坂本くん、頼まれてくれてありがとう。

そして、そして、おくればせながら、
『にじみ』を早速手に取って聞いてくれている皆さん、
本当にどうもありがとう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

posted by Nika | 2011.07.21 01:39

レコード大賞

今日夕方、
野音では今日、スチャダラの「オール電化フェア」をやっているなあ、と行けなかった事を無念に引きずりつつ、
届いたばかりの「にじみ」の製品版CDをデッキにかけた。
4月にマスタリングを終えて、始めて通して聴いた。

夕飯時、母に「今年はこれがレコード大賞をとるべきだと思ったわ」とぼやいた。
近頃どんなレコードが出ているかも全然知らないくせにちゃんちゃらおかしいが
そのくらいの自負がある。
そうでなければこのご時世に、こんな腹のふくれないもの、だせやしない。

そんな強気の暴言をはきつつ「BS日本のうた」を見て「つまらん歌手ばっかり」と文句言いながら台拭きをかける1ローカル庶民の食卓。
「そんなら和美のCDきこうや」
「いや、ええわ。絵が出んけえ、退屈いね」
この押しの弱さでレコード大賞とれるわけがない。

一昨日の深夜、「女はつらいよ」のミュージックビデオも公開された。
早くも多くの方が見てくださったようで、ありがとうございます。
あんぱんがへしゃげたみたいな顔が大きく映ってすみません。

(こっから先裏話じゃけ、先にビデオ見てください。こちら

通りかかってくれたおばあさんは、先週私の留守中に、わたしのおばあちゃんのところへ、「こないだはええところに通りかかってから映してもろうたんよ、まー、ええところに通ったもんよね」と喜んで自分が育てた豆の豆ご飯のおにぎりを持ってきてくれたらしい。写真ができるのを楽しみにしている、と。
おばあちゃんは若干、なんで自分じゃないんだ、と思っていそうな感じがなくもないが、それは思い過ごしかもしれない。

そんなに喜んでくれていたのなら、と早速報告と肖像権の断りがてら、昨日そのおばあさんのところにパソコンもって見せに行った。
曲の最初から流してみせてたら、字が出れば「ありゃー、そういう曲かね」「まー、あそこじゃね」「まー、あんたあんな声がようでるね」とかなんとかいろいろ社交辞令に褒めてくれつつ、わたしはいつでてくるんかいの、の待ち遠しい空気が流れているようなそんな中「ほらほら!出てきたよ!」「ありゃー!あひゃひゃひゃ、大ババじゃね!ありゃーどうせよ、恥ずかし」と、ほいですぐあとに登場する少年をみて、「こりゃああそこのんじゃね、あの子はうちにようくるんよ、うちにきたらね、仏壇に参ってくれるんよ、ひとりでたったったーゆーて入っていってからチーンゆうて。あっひゃひゃ、ほいでの、」と彼の話、姪ごさんの話、息子さんの話、うちの死んだおじいちゃんの話と移りゆき、ビデオの続きは閉じてひとしきり話相手をして、またあの子の話に戻ったところで「ほいじゃああの子にも見せに行くけ、さいなら」。
おばあさんちから3軒くらいとなりの亀の少年のうちは、休日だったし、ご家族でお留守だった。
代わりにその足で姉の家に。亀の子と甥っ子は同級生。姉は、なんでうちの子じゃないん顔。だって通りかかったけえさー。あの子んちの前で撮りよったけー、たまたまさ、学校から帰ってきたんよー。ほいで、お父さんがすぐそこにおったけえ、ちょっとモデルになってもろうてもええか、ゆうて一応断ったけ、大丈夫と思うけど、そしたら亀持ってもう一回きてくれたんよ。じゃけ大丈夫じゃろ。だめ言われたらどうしよう。

それにしても、ここまで近所で済まされるとは予想を超えた。もうちょっと上流に行けばもうちょっと風光明媚ですが、もうちょっと待てば夕陽があっちに・・・、そんな薦めはさらりとかわされ、ディレクターのガビンさんとカメラマンの新津保さんはすぐそこで撮りはじめる。家の中でも。え、ここは、片付けてないからちょっと待ってと、いけかけの花を整理してたらもう撮ってた。
速い。

個人的には、橋のたもとでただひまつぶしに見物しよるおばさんとおじさんを背後に橋を渡っているのが、旅に出る時の寅みたいで気に入っている。かけ慣れないショールが、寅ちゃんが背広を袖通さず肩にかけてる感じにも重なり、あのおばさんとおじさんが並んで見守ってくれてる感じが図らずもそんな雰囲気を醸し出す。あのおばはんも、何事かいの?って顔でじろじろ見てたので、「これこれこうでね、東京からね、」と説明したらへーすごいじゃ、とかいうて、自分が映っとるなんて全然思いもよらず冷やかしがてらみよっただけのはずじゃけど、あのおばはんにも見せにいこうかいな。にしては小さすぎるな・・・
それにしても、ほんま、近所すぎて、そりゃみんな知っとる人じゃわ。だって私はあそこでラジオ体操しよるんじゃもん。一昨年納涼祭で歌って後援会できそうになったくらいじゃもん。上映会しようかいな。

あんまりぺらぺら書きすぎた。ごめんなさい、裏話なんか聞かんで見てください。

とにもかくにも、こんなところまで撮影のために来てくれた事が嬉しかった。
多くの時間をかけて。貴重な時間を割いてくれて。

聞いてくれる皆さんにもです。
ほんとに、ありがとう。
時間を使ってくれることが、本当に何より有り難い。
年寄りみたいだな、なんか発想が。

こないだ、6月7日、取材をいくつもしてもらって、ジャケの写真も撮ってもらって、大方のデザインも完成したのを見届けて、東京から最終の新幹線で戻ってきたとき、駅に降り立って、思った。
「よくこんなところに住んでてこれが作れたな」
と。でも同時に、
「ここに住んでいたからこそ、これができたのだ」とも思った。

そういうアルバムなんだな。

いろんな人や、出来事や、あらゆるすべてのものごとがにじみ合って、
自分の中からも、押さえても押さえてもにじみ出て、

それがまた、だれかへとじわっとにじんで行くような
そんなものになれたら、ほんとに嬉しい。

ほんとに大変なご時世ですが、ほんとはずっと前からそうだったはず
これほどの揺さぶりをかけられないと気づかないくらい私たちは鈍感になってたということ

書きたい事がいっぱいいっぱいある。
玄海原発も再開させたらいけんじゃろ。国が責任とる?とれてないじゃん!なにをぬけぬけと、ふしぎでならん。
原発がなきゃあ電気が足りんっていう考えは間違っとると思う。
もっと取り上げられなきゃいけないと思うのは、たとえ事故がなくても、手のつけようがない核廃棄物は必ず出ること、その受け入れ場所さえ決まってないのに稼働している根本的な大問題。作業員の方の危険だって、事故がなくとも常にある。
孫社長がんばれ!(孫社長が息巻くとハマケンのコントに見える・・・)

電気をとりまく状況も、宗教の本質も、歌の心も、どれもこれも危機的状況に見える昨今。
6代先のこと考えて物事を決めにゃあいけんとどっかの民族の話を聞いた。
真実はいつも少数派、ともどっかで聞いた。
少数派でなくなるところまでいったん行って、また壊れて、また一から出直して、
どれもこれも、それの繰り返しのような気がします。

だから新エネルギーがもうけ話になることを今は応援する。

もうけ話になりすぎた宗教は今壊れかけてる。
歌は・・・

よくわからん事だらけですが、
わからんなりにも、これだけははっきりしているって事を見つめれば自ずとやるべき事はみえて、
やれる、と思っている事のちょっと上まで目指してやっとほどほど
やればできる。
できるとこまではできる。
間違ってたら、軌道修正しながら
どっちにしろ、進む。

posted by Nika | 2011.07.04 03:09
Pagetop ▲