歌本めくり島めぐり

きのうは一日、歌本から書き写していろいろ演歌系の歌謡曲を仕込みました。
今日はいまから祝島に行ってきます。
今晩、島の集会所で、おっちゃんおばちゃんたちの前で歌わせてもらいます。
なんも機材もないみたい。生でどんなこと出来るかしら。
音楽好きな人たちが集まっているところなら生音も別の大きな魅力があるけれど、さてさて。
原発の反対運動を27年も続けてこられた皆さん方
こないだテレビの取材番組で聞いた
「楽しみっちゅうもんがなくなった」
という言葉が強く心に引っかかって、
歌を聴いてもらって歌って、ほんのひとときでも楽しい時間を過ごしてもらえないかなあと
気休め?ささやかすぎるけれど、行ってみます 現地へ。
お暇のある方よかったらどうぞ混ざってください。って遅い。
もう出ます。

posted by Nika | 2009.11.30 11:55

二象舎 個展

nizo_nika_shoes.jpg友人であり、後輩であり、尊敬する作家でもある、二象舎のオートマタ展にいってきました。のは14日で、2週間も経っている・・・そして明日が最終日。お知らせ遅いわ!広島内外の皆さん、今日明日で都合つけていってください!町のど真ん中にあるギャラリーです。
写真は、私の自宅にある所蔵品を今朝撮りました。ニカ人形の方は非売品です。今回の個展にも展示してもらいたかったけど、ここぞというとき私がいつも忘れて来るという前科があるので、作家の原田君がもうあきれて出品依頼もしてくれなくなりました。ニカセトラの特典DVDの最後にもお目見えしています。(このときも忘れていった)(二象舎でワンマンライブをしたときも忘れていった)(ネコバコでライブしたときも・・・つづく)
ほんとに信頼できる作家です。片手間に、私のイベント「堂脈」のスタンプカード台紙も作ってくれたり、めぐみさんには私のライブでビオラを弾いてもらったり、なにかとお世話になっている原田夫妻。今工房の横にカフェを改造中らしい。期待大。

現在、八王子夢美術館、ロンドンThe Magic of Cabaret、等で開催中の展示にも出展していたり、12月には山口で二人展もあったり、機会があったら是非一度手にとって、回してみてほしい。

今回の展示での私の一番のお気に入りは「ポケットの中の月」です。球の頭が、木目を見ていると、絶対に同じ周り方をしないのです。球を回すのに、軸がないのです。ぐるんぐるんのゴリゴリなのです。その発想が好きだ。不規則さと固定位置、不安定さとその重み。

二象舎

広島の個展は、新旧の作品がズラリと並んでいて、自由に回させてもらえて、すごいです。
触っていいっていうのがほんとに、いいですよね。
歌も歌ってみないとわからないもの。
オートマタも回してみないとわからないもの。
harada_A2.jpg場所:コンテンポラリースペース CERO
日時:2009年11月13日(金)~11月29日(日)
*木曜日定休
OPEN12時~20時(入場は19時30分まで)。
日曜日及び最終日は19時まで(入場は18時30分まで)

初期の迷作から最新の珍作までが一堂に会し、原田和明、苦悩の軌跡が手に取るように
分かるようで分からない、冗談のようで本気な世紀の小展覧会!
約20点のオートマタを実際に触れることができます

posted by Nika | 2009.11.28 10:11

グッゲンハイム

ひと月あまりライブがなかったのは久しぶりで
ひと月あまり、外泊しなかったのも久しぶりで
おちついた。録音にとりかかれた。
もっと続きがしたいけど
ロシア民謡の「1週間」を聞きながら替え歌してみた

月曜日にお花を買って
生けて 飾って 寺参り 
テュラテュラテュラテュラテュラテュララー
テュラテュラテュラテュリャーリャー
水曜日に手紙を書いて
木曜日に配りに歩く
金曜日に弦を張り替え
土日にはライトを浴びる
恋人よこれが私の
一週間の仕事です
_____________

今週末のライブはライトは浴びませんね
旧グッゲンハイム邸
この夏、にかさやの録音をさせてもらった洋館です
三田村菅打団?の森本アリくんが管理している
3泊4日×2だったかな
7月の終わりと、8月の初めに
newsに写真を載せました
夏が懐かしいですね
パソコンを打つ指先がかじかむ時分となりました。
冬は嫌だなあと思ってきたけれど
今日、ゆずをおろす香りを吸い込んだ瞬間に
あ、冬もいいとこあるな、と思いました
さやとskypeで会議&練習
ようやく見えてきた。イメージが
そしたらとっても楽しみになってきた。

9月ににかさやはオーストラリアにツアーに行きまして
ある昼下がり、
その日のライブの主催者だったトム君が海に泳ぎにいくというから(冬だけど)
私も行きたいと言ったけど、さやもうえのも行かないというから
一人で連れて行ってもらっている途中の会話、
さやがうんと言わないとすすまないのだというのをしどろもどろ説明していたら
「Boss?」と言う言葉が出てきて
あーそうそうそれだ!とスッキリ
さやがボスです。このフレーズが気に入ってよく使うようになった。
日本では指折りで数えられるくらいのライブしかやっていないのに
なぜか外国ではよくやっていて
外国ではライブ以外でも、さやがいちばん頼れるボスなので
よけいにそれが定着したのかもしれません
わたしは下っ端ならではの気楽さで
遊ばせてもらっています
あんまりない日本でのにかさやのライブなので
でもグッゲンハイムは日本だけど不思議な空間
塩屋という町も、絵本の中の世界のようなところ
ぜひ遊びにきてください
このアルバムも気に入っています
明日(今日)日本国内でも発売です
もちろんライブ当日、会場でも販売します

この日はにかさやfeat.テニスコーツ、二階堂和美 となっていて
それぞれのもすこしやる予定。
いずれにせよ、ライトを浴びない感じのですね

おいしい煮込みやパンも出店があるようですよ。

posted by Nika | 2009.11.19 01:09

男に二言は・・・

つべこべうだうだ、こないだ書いてしまいましたが
あれからも、ない頭を抱えたりひねってみたり調べてみたりしました。
NHKの地方放送番組で、祝島の現地の人の様子も見ました。
どうやら私が気にしていたような、電気が足りないからどうしようとかいう問題ではなさそうで
毒と引き替えに町に入る税収入がポイントなのですね
また、さっきこれを読んで、
原発技師さんの話
どう考えても、新たな原子力発電所は作られるべきではないと確信しました。
なにができるかとかはまたおいといて、
それだけでも今日、心に決めた。

この方は原発で被爆してもう亡くなっておられますが
この方が信用できる方かどうかまで調べるには至っていません
だけど、そもそも信用するとかしないとかは主観ですから
私は仮にだまされてもいいから信じてみたいと思いました。

なんで国が原発を作りたがっているかも少し納得がいった
ウランとかプラトニウムとかを持ってしまったのですね
利用してしまわなければならぬ、ってことになっちゃったのですね
期限切れのインスタントラーメンくらいならいいけれど
まずいだけならもったいないから少々は我慢して食べるにしても
あたって死ぬとわかっていたら食べない
それを死ぬとわかっているのに食べろといわれているような感じがする
原発動かすよ、っていうのは。
しかも、食べずに家においといても、ゴミに捨てても、
一回期限切れラーメンを手にしたからには、もう終わりよ
といわれているような
ああ、なんて悲しいことでしょう。
広島原爆資料館の展示がむなしい

私たちは誰しもいずれ死にますが
こんな死の選び方はないよなと思う
税収入があってもなんにもならない

テレビで語っていた、反対派の奥さんの言葉が痛切だった。
27年間反対運動してて「楽しみっちゅうもんがなくなった」って。
それだ、と思った。
なにかを主張すれば、そう思ってない人とぎくしゃくする。
だから楽しくなくなる。
楽しくないのです。だからこういう話をしたくないって思っていたんだ、とわかった。
楽しい方がいい。
必ず死ぬからこそ
生きている間を楽しく送りたい。
楽しいかどうか、これも主観。
だから変えられる。
気持ちの持ちようで。
だから宗教の存在価値もある。
と、思う。

反対派の人も、推進派の人も、住民はよかれと思って動いていたのに。
ぎくしゃくした楽しくない年月を送ることになってしまった
その奥さんが自分の人生を「哀れ」といってた。
わーん。そこまで客観視しているんですね ほんと とりかえしがつかないです。
せめて、慰問に行きたいと思いました。
わたしにできることなんて、あまりに些細だけど

だけどほんとにしなきゃいけないのは慰問じゃない
すこしでも世論を動かすことなんですね
楽しくないことをするのは嫌ですが
楽しくないことを勧められるのも嫌だと思いますが
原発つくるっていうのは、発想が狂ってるようから
やっぱり狂ってる人と毎日接している人のしんどさって
たいへん。
たぶん、とってもたいへん。
介護に関わっていると
ヘルパーさんの存在にどれだけ心救われるか実感する。
だからわたしもそんな仕事がしたいと思う。
あの奥さんにも、せめて歌でもきいてもらったらどうだろうか
と、
きのう、ちあきなおみさんの特集番組を見ながら思いました。

署名なんてものが効果があるのか疑問ではありますが
他に方法が今わからないから
集めさせていただいてみようかと思うんですが
署名って住所とか連ねるから、
このご時世だと抵抗ある人もたくさんいらっしゃるでしょう
美術ギャラリーの記帳だって抵抗あるもんね
大丈夫な人だけ、してくれたらいいです
さっき、さやに相談したら、いいよって言ってくれた
間違ってるって思ったら、そん時やめればいいよって言ってくれた
男が一度口にしたことは、って私は女ですが
二言がないのはかっこいいですけど
間違っていたことは、突き進めるのはもっと間違ってる
一度に全ては、なかなかわからないものだもの。
そうこうして先延ばししてると、そのうちに手遅れになるのだもの。
それは、恋も同じですよ。
あした伝えようと思っていたら、その人いなくなっちゃうかもしれないのです。
親孝行もね。
なんでもね。

サザエさんのアニメの声優さんのイメージを保持しようとしていた観月ありささんに感心した夜でした。キャスト、よかったと思いましたね。竹下景子さんがふねさんってよかったですね。筒井くんはマスオさんにしては声に色気がありすぎますね。たいこさんも合ってたね。話のテンポが遅すぎと思ったけどね、なんて、勝手な話してますね。関わった方が読まれたら嫌な気分かもしれません。ごめんなさい。でも婆ちゃん父ちゃん家族そろってみましたよ。ベタな、片岡鶴太郎さん演ずる波平さんがずっこけるシーンとかで、わたしと甥と姪は笑います。カツオくんのクセのあるしゃべりに、私と姉はいちいちひっかかって笑います。アニメの世界を崩さぬようにしている誠意と、そこに執着しすぎず、その先にある物語を伝えるためのぎりぎりの現実感との節度に共感を覚えました。オリジナルのそもそものよさがどこにあるかを見失わないように心がける歌のカバーの精神に通ずるものがありました。サザエさん漫画の原作はほとんど読んだことがありませんが、歌で言えば、曲と詞の、まだ歌手が歌う前の状態とかでしょうか?そこまでマイナーじゃないか。失礼しました。あまりにもサザエさんのアニメが有名すぎるのですね。なんだかんだ、今日の実写ドラマ制作者に対する慰めでしょうかこれ?いや、賞賛です。
波平さんも、ふねさんに素直に謝ってた。男に二言があってもいいのです。

posted by Nika | 2009.11.16 00:59

電気の恩恵

祝島港油彩.jpg原子力発電所の事を考えている。
まだ考え始めたばかりだ。
エネルギーが底をつく問題はずっと気になっていながら
あまり頭を悩ませたくなかったので
電力会社のコマーシャルをうのみにして自分をだましていたところがある。
関心を持ち始めたら、やたら耳に入ってくる。
だから関心を持ち始めただけなのかもしれない。
おとといの「週間ニュース」で、佐賀の玄海原発が始動というのを聞いた。
びっくりした。なんだそれ。
核兵器材料と同じ危険物質の処理が決まってないまま、動き始めるなんて。
即興も、音楽のライブなら失敗しても、ちぇーがっかり、くらいでどうにかすむが
原発のリハなし本番が許されるなんて、いったいどういうことなのだろうか?
だれの、どういう神経で、そういうことが進むのか?
全く理解が出来なさすぎて、とっかかりがわからない。
こないだ「沈まぬ太陽」を見た。
これに関してはまた別にたくさん思うことがあって、見た人と語りたいけど
その中でも、企業と政治家の汚職の内情が描かれていてショックを受けた。
あれはフィクションだとしても、それに近いことが世間ではまかり通っているのか?
それも信じがたい。
わたしがカマトトなのか?
会社に勤めている人たちの多くはあんなしがらみの中で生きているのか?
信じがたいことが現実に起こっているのか?
何を信じたらいいのか?誰を信じたらいいのか?
自分の目も耳も、影響受けやすいのであてにはならないし
よりどころとしている仏教に問うてみたらどんな味わいが導かれるだろうか。

12月、「瀬戸内の海を原発から守りたいイベント」のお誘いを受けた。
これは主に、山口県の上関(かみのせき)という、私の住む町からも近い島に
あらたに原子力発電所が作られようとしているのをやめさせようという動き。
学生の頃、スケッチ合宿に行った祝島(いわいしま)、の前の海岸が計画地。
私が訪れたのは12年前。添付の油彩はその時の稚作。右上の枝がぶざまだ。
最後に迷いながら描き入れてみたものの、集合時間がきて中途半端なまま。
橋が架かっていない故の、時間が止まっているような原風景の雰囲気があって
絵画の先生はそこを選んでスケッチ旅行に連れて行ってくれたのだろう。
計画から既に27年経って反対運動が続いているというから、
その時も既に15年目だったということになる。
わたしはスルーしていた。

「瀬戸内の海を原発から守りたいイベント」
もちろん守りたい
ただ、瀬戸内が守れたらいいという問題ではない。
原子力発電所を建てないで、動かさないで、と頼むからには、
じゃあ電気どうするの?という切り返しに返事がいる。
こうやってパソコンを使う毎日。
照明器具、冷蔵庫、炊飯器、レンジ、テレビ、ステレオ・・・
コンサートをするには音響も照明もたくさん電気を使う。
会場に人を運ぶにもたくさんエネルギーを使う。
電気で走る車がCO2を出さない点はいいかもしれないが
電気はどこからでてくるのか
石油が底をつく事も目に見えている。ガスも石炭も。
そもそもつきるまで使っていいってものでもないはずのものを使っている
期待をかけるは太陽熱発電。
寺の本堂の屋根に発電機をつけたいのだが、と住職に折に触れ持ち出してみるが
景観がくずれる、といなされ、志気が下がる
が、上司へのプレゼンをもっとしてもいいかもしれない
見積もりを出してもらってみようと思う
せめて住居の方だけでも
せめてうちの家庭で使う電気くらいをまかなえないだろうか
そんな微力で何かが変わるのか?
私は使ってないわ、汚してないわ、というだけではその優越感は余計に悪い
だけれども、喜びを人に伝えたら分かち合えることもある

CO2を減らす目標を達成するために、それ以外の廃棄物なら出していい
なんてそんなわけはない
そんな子どもの言い訳みたいな理屈が
大人の世界でまかり通っていること自体が信じがたいが
世間の無関心、積極性のなさがそうさせているのだろうか?
進化欲求は誰にも止められないから、と諦めるしかないのだろうか
便利を知ってしまったら後戻りは出来ないのだろうか
他の動植物にごめんねといいながら、みんなで絶滅していくしかないのだろうか
仮に、将来的にそうだとしても、悪あがきがあってもいいんじゃないだろうか
エネルギーを最小限に抑える方向には、もう向かわないのだろうか
冬はなるべく冬眠生活して、夜暗くなったらなるべく早く布団に入って寝る とか
ギリギリ譲れない最低限のものだけ選んで・・・とかいう部屋掃除みたいな甘い対処ではまるでだめなのだろうか
電力会社も、カラオケの5分前予告みたいに、そろそろ日本の電力足りませんけどどうします?とか忠告してくれてもよさそうなものじゃないか 勝手に延長して請求するみたいなやり方で、信用落として、なんの得があるのか?
一世帯何ワットまで、とかいう具体的な規制か目安を作ってはどうだ?
自粛すれば、もうちょっと削れるものもあるはず
食べ物の無駄も
物品の無駄も

そうやっていくと、
演奏会も、CDという物も、チラシも、それらに費やされる人の労力も
無駄なのかもしれない
どこで線を引くのか
どこをいじったらなにがかわるのか
どのひもをひっぱったら、どこが動くのか

みなさんはどのように考えているのでしょうか?????

わたしのたかが短い人生が、
間違った方向に進もうが、間違ったまま人生が終わろうが、
本人が納得していたのなら、しょせんそれまでなのだから
なんでも、相談とかしょぼいこと言ってないでやってみりゃあいいのかもしれません
でも人の話を聞きたい
疑問も問うてみたい

楽しく過ごすためには、あまりニュースを知らなければいい、とも思う
わたしだって発信なんかしなければいい
外国になんか行かなければいい
見聞・見識など広めなければいい
江戸時代までの多くの人が、自分の半径何キロかから外には出たことがなかったとか聞いたことがあるけれど
狭い世界でしんどいこともたくさんあっただろうが、幸せでもあったろうと思う
身近なことを、丁寧にやって目をかけて、あんまり欲張らずに人生を終える
でもやっぱり辛いことも息苦しいことも、たくさんあったと思う
おばあちゃんくらい近い人でさえ、井戸で水を汲んできて沸かして風呂に入っていたのだ
わたしが子どものころは、おじいちゃんが石炭を燃やして風呂を沸かしてくれていた。
お湯が出ないの、つらい。蛇口ひねってお湯が出るの、すごい嬉しい。

なんて子どもっぽい発想しか浮かばないことだろう・・・

どこにも、いつの時代にも、完璧な世界などないのだな。
安心して暮らせるまち、なんて望むのは
都合のいい要求に思えてきた
この世に安心して暮らせる用意はまるでないのが真実なのかもしれない

でも、なるべく、
「それおかしいんじゃないか」とわかっていてもやる、なんてことがないような
そういう人格形成というのが、これから、ひくべき糸なんじゃないか
ということはやっぱり教育か?
わたしは教員になっておいた方が良かったかもしれない
いや、私などにはとてもつとまらなかっただろう
お坊さんとして、歌手として、もうちょっとできることはないのか
それさえまともにつとまってないから言えば言うだけ恥ずかしい
だからやっぱり半径3キロくらいの生活が・・・
うんぬん
たらたらすみません。
ここまで読んでくださった方、どうもほんとにありがとう。

posted by Nika | 2009.11.10 03:03
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