つれづれにかvol.49(最終回)

 行ったことのないところに行くのももちろんいいが、再び訪れるというのもとてもいいものだ。1月末、この連載中vol.27~44の18回に渡ってツアー日記をつづらせていただいたスコットランドへ行ってきた。連載のおかげで、約4年ぶりとはいえ全てが記憶に新しい。「前にも見に来たのよ!」と言ってくれるお客さんたち、アーティストやスタッフ。外国で同じ町に再び来るということが、考えてみたら初めてだった。
 帰国の翌日、東京でワンマン・ライブ。こちらは4回目となる私の唯一の"毎年恒例"「うたのイワト」。先の予定を組むのをなるべく避け、突発性を好む性分だが、徐々に続きものが増えてきた感じがする。同じ場所、同じイベント、同じメンバー・・・飽き性の自分を厭い、これまでそれらをすり抜ける方へばかり向いていたのかもしれない。ここへ来て、回を重ねることの手応えを知り初めた。続きものゆえのモチベーションというものが確かに在る。スタッフやお客さんとの親和性、待ってくれている人がいるという自信と責任、年月が描く軌跡と成長、常連さんの前だからこそ出来る新しい挑戦。大切なものが増えていく。そこに執着も生まれる。壊したくないもの、失いたくないものが多くなればなるほど、喜びや悲しみの振り幅も大きくなる。それは人生が豊かになるということでもある。しかし大切なものにも必ず別れが来る。人生はだから辛い。しかし人生はだから明るい。
 「大切なものはなんだ?」とは忌野清志郎さん作詞『幸せハッピー』の歌い出しの歌詞。本当に大切なものは、意外と多くはないのかもしれない。大切だと思っていたものも、壊してみたら大したことはなかったかもしれない。機内で見たディズニー映画『Up』(邦題『カールじいさんの空飛ぶ家』)で、じいさんも最後に執着を離れていた。大切にしていた状況が崩壊し、何もない状態になったとき、人は知恵が働く。仏教では智慧と書いて仏の働きを指す。これまで見えていなかったものが、まっすぐに見えてくる。苦しい状況はだから明るい。ずっと暗いってことはない。だからなんだ?というようなことばかりつれづれにつづらせてもらっていたこの連載も今回でいったん終わり。またどこかで会える日を願っています。一回でも読んでくれたあなた、どうもありがとう! 二階堂和美(歌手・広島県在住)。Q49up_s.jpg

掲載:QUATTRO PRESS vol.95 / PARCO-CITY FLYER 2010 March
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